第3話 光画部
入学式は退屈な校長先生の長話から始まり、新入生代表の式辞で終わる。
それから、授業で使う教科書などの教材が配布された。
重たい教材一式の入った紙袋を持って、教室に戻る。
担任の野間百合子がこれからの事などを説明して、入学式は終わった。
「あと、これから一週間。部活動の勧誘期間になるから、何か部活動をしたい人は色々と見て回ると良いですよ」
野間に部活動の話をされて、洋子は何も感じなかった。その時、隣の雄一が声を掛けてきた。
「何か部活に入るの?」
これまであまり、男子と会話をしなかった洋子は少し恥ずかしくなったが、それでも何とか返事をする。
「う、うん・・・中学ではバスケだったけど、下手で一度もレギュラーになれかったし。高校は別に・・・」
「そうなんだ。僕はまだ決めてなくて」
「中学の時は何部だったの?」
「特にやりたい部活が無くて、ボランティア部だったよ」
「ボランティア部?」
「ボランティア活動とか雨の日は手話を勉強したりしてたよ。週に一度ぐらいしか部活動が無かったから、入ってたけど」
「じゃあ、帰宅部でもいいんじゃない?」
「ははは。高校ではちゃんとした部活動もしてみたいと思ってね」
「そうなんだ。私は・・・別に帰宅部でも良いけど・・・」
不意に自転車の事が頭に過る。叔父さんが旅した自転車。
旅に出たいと思った。
「それに・・・週末とかは忙しくなりそうだし」
洋子の言葉に雄一は何か惹かれた。
「へぇ・・・週末は何かやる予定なの?」
「う、うん・・・叔父さんの遺品で自転車とカメラを貰ったから、叔父さんみたいに旅をしてみようかと」
「旅?」
雄一は不思議そうな顔をした。
「うん。叔父さんはプロカメラマンで、彼方此方、旅をしながら、色々な風景を撮っていたの」
「へぇ・・・おもしろそうだね」
「うん・・・だけど、自転車もカメラも素人だから」
洋子は恥ずかしそうに言う。
「だったら、カメラだけでも教えて貰える部活に入ったら良いんじゃない?」
「カメラ?」
「そうそう、確か、この学校、光画部って言う部活があって、そこは写真を撮影する部活のはずだったよ」
写真を教えて貰う。家で何度かシャッターを押してみたが、叔父さんのような写真は撮れやしなかった。でも、教えて貰えれば、いつかは叔父さんのように撮れるかもしれない。洋子は少し嬉しくなった。
「じゃあ、光画部に行ってみようかな」
「これから行こうか」
雄一に連れられて、洋子は重たい荷物と共に教室を後にした。
光画部の部室は部室棟と呼ばれる別棟にある。そこには色々な部活の部室が空教室を利用して、存在する。
その中の一つが光画部だ。空教室を使っているので、廊下側に窓があるが、何故か暗幕がされており、中が見えないようになっていた。
扉には光画部と貼り紙がされていたので、雄一はノックをする。
すると、扉が開かれ、疲れ切ったような女子生徒が姿を現す。
「はい・・・何か用でしょうか?」
彼女は重たい空気を纏ったように声を発した。洋子はそれに気圧されながら、会話を続ける。
「あ、あの・・・入部希望なんですけど」
「えっ?」
その言葉に女子生徒は驚いた。素っ頓狂な声を上げたかと思うと、猛ダッシュで教室内に戻る。
「ねぇねぇ!新入生が入部希望だってぇ!」
それは廊下に居る二人にもはっきりと聞こえるぐらいの大声だった。
すると、女子生徒と共に男子生徒が姿を現した。こちらはいかにも優等生っぽい感じの落ち着いた感じだ。
「やぁ、入学式が終わった早々に入部希望なんて、珍しいね」
そう尋ねられて、雄一が応える。
「はい。彼女がカメラの事を知りたくて」
「彼女が?今どき、カメラに興味があるの?」
「は、はい。叔父さんの遺品でカメラを貰いまして」
「なるほど・・・今どきはスマホでも写真も動画も撮れる時代だけど」
「でも・・・プロカメラマンだった叔父さんのようには撮れなくて」
「へぇ・・・叔父さん、プロカメラマンだったの?それは確かに難しいだろうね」
「やっぱり覚える事とか多いんですか?」
洋子は不安そうに尋ねる。
「あぁ・・・確かに多いかも。カメラの自動化が進み、感性だけで撮る人も多いけど、カメラは機械だからね。仕組みやら、撮影技術などを学び、考えて絵を作り出す事が大切だと僕は思うね。だから、君がその気なら、ここでしっかりと基礎から学ぶとイイよ」
優しそうな微笑みに洋子は安心した。
「おっと、自己紹介がまだだったね。僕は部長の石上。こっちは副部長の後藤さんだよ。どちらも同じ二年生」
「二年生?三年生はいらっしゃらないんですか?」
雄一が疑問を感じて、質問する。
「あぁ、元々、廃部寸前だったからね。僕らの前には誰も居なかったんだ」
「そうなんですか・・・」
「不人気だと思ったでしょ?」
後藤が少し不満気な雄一に問い掛ける。雄一は慌てて否定する。
「ち、違います。そんなことは」
「ははは。さっきも言ったようにスマホでも写真が撮れる時代だからね。写真を撮る行為が当たり前過ぎて、改めて、ちゃんと写真を撮るという事が受け入れられない時代になったのかもしれないね」
石上は寂しそうに言う。それを見た洋子は
「それは・・・きっと、みんな、本当に心に残る写真ってのを見たことが無いからですよ。叔父さんの写真は圧倒される感じでした」
「なるほど・・・君はそんな写真を撮りたいんだね」
「はい」
二人は石上達に誘われ、部室の中に入った。
部室の中には完全に暗幕で囲ったスペースやパソコンが並んでいる場所。カメラやレンズが納められたケースの並ぶ場所などがある。
「光画部は取り合えず、20年以上の歴史がある部活でね。先輩達が撮影した作品がそこの棚に収まっているよ」
棚には年度毎にファイルが何冊も置かれている。
「見ても良いですか?」
「ご自由に・・・それと入部届を用意するね。後藤さん。お願い」
後藤は書類入れの中から、入部届を取り出す。
その間に洋子は作品の入ったファイルを取り出し、雄一と共に眺める。
モノクロであったり、カラーであったりと多くの写真が納められている。
まだ、技術的には稚拙ながら、そこは若々しい感性で撮影された写真があった。
「おもしろい」
洋子は思わず、声を漏らす。
「そうだろ?写真は技術も大事だが、感性も大事なんだ。若々しい。いや、写真を知らないからこそ、失敗を恐れずに撮影した中に人を感動させる写真が撮れる事もある。先輩達はそうやって、多くの作品を残してきたんだよ」
石上は笑みを浮かべて、作品の説明をする。
その間に雄一は入部届を書いた。
その時、不意に扉が開いた。
「あら?新入生?あぁ・・・長谷川君と高梨さんじゃない」
そこに居たのは野間であった。
「野間先生、どうしたんですか?」
洋子は不思議そうに尋ねる。
「あぁ、私はここの顧問なの」
「先生がですか?」
「そうよ。こう見えても大学時代は写真を撮られる側だったんだから」
野間は少しモデルのようなポージングをした。確かに野間は20代中頃で、美形で体型もモデルのような感じだ。
「モデルさんだったんですか?」
洋子が興味津々に尋ねると、野間は少し目を逸らした。
「そ、そんなもんです。それで、二人は入部希望なの?」
「はい。先生。もう入部届も書いてもらいました」
石上が二人が書いた入部届を野間に渡す。
「これは預かるわ。部活の事は二人に聞いて頂戴」
野間はそう言うと、教室から出て行った。
「野間先生は部活のある日はああして、覗くだけだから」
「そうなんですか。部活はいつあるんですか?」
「定期では月、水、金。あとはイベントとかで土日にある時もあるよ」
「部活では何をやるんですか?」
「主に撮影かな。テーマを決めたり、自由だったり、あとは暗室かな」
「暗室?」
雄一と洋子は不思議そうにその言葉に食い付く。
「あぁ、知らないかな。白黒フィルムを自分達で現像をするんだ」
「現像?」
その言葉も二人は知らなかった。
「ははは。おいおい説明しようかな。今日は先輩達の作品を見てくれよ」
そうしているうちに後藤が人数分の缶コーヒーを買ってきてくれた。
「コーヒー飲める?」
「大丈夫です」
洋子は嬉しそうに缶コーヒーを手にする。
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