第2話 入学式

 新しい自転車に慣れるまでに時間が掛かった。

 それまで乗っていた自転車は俗に言うママチャリ。

 新しい自転車はおじさんに教えて貰ったが、フレームの形はダイヤモンドフレームと呼ばれる三角形の形。特に上部のフレームが前から後ろまで一直線であるミキスト型と言うのが、私の自転車の形らしい。

 つまり、今までは乗る時に足を前で反対側に超えていたのが、後ろから大きく足を上げて超えないといけない。当然、降りる時も足を後ろから大きく上げて、下ろすしかない。

 スカートでは難しいので、基本的にパンツルックとなる。通学で使うなら、スカートの下にスパッツを履かないといけない。幸い、おじさんにサイクルパンツがあると教えて貰い、それを何枚か購入した。そのままでも良いらしいが、女性は上にスカートのような腰巻をしたりするらしい。

 

 入学式までの間に近所を幾度か自転車で走り回った。

 乗れば乗るほど、風を切る感じが楽しくなっていく。

 最初は不安定だった走りもやがて、フラつきは無くなり、速度が増して行く。

 ママチャリとは違う。足は軽く、坂道もおじさんに教えられたように変速をしてゆくと楽に登れた。

 尾張地方には大きな坂道は存在しない。

 どこまでも平坦な濃尾平野はそれだけで自転車には適していた。


 桜が散る頃に入学式の日がやって来た。

 朝、真新しいセーラー服に身を包み、新しいサイクルパンツをスカートの下に履いた。セーラー服でランドナーに乗るのは初めて。

 必要な荷物はナップサックと自転車の後ろにある二つの大型鞄で足りる。

 新調したヘルメットは競技用にも使われる物。自転車屋のおじさんに選んで貰った物だ。色はピンク色。髪が乱れるのが嫌だなと言ったら、サイクルキャップと呼ばれる帽子を被ってからヘルメットを被ると、比較的、髪型が乱れ難くなると言われたので、黄色い帽子を被ってからヘルメットを着用する。

 そして、自転車の左ペダルに左足を乗せる。通常、ロードレーサーはピンディングと呼ばれる爪先をペダルと接合させるらしいが、ランドナーには無い。ピンディングでは無いが、爪先を固定させる帯があったりするが、この自転車にはMTB用のトゲトゲしたペダルだけだった。それでも運動靴のソールにペダルがくっつくような感触があった。

 家から高校までは自転車で30分。

 それなりに距離はあるが、ほとんどが平坦だから、苦しくはない。

 道路の左端を駆け抜ける。

 途中、信号待ちをする時はサドルの前に体をズラして、両足を地に着ける。

 そんな事を繰り返す内に豊公橋が見えて来た。

 名古屋城へと向かう外堀通りに繋がる橋は片側二車線の大きな橋。

 その勾配も変速をすれば、なんてことなく、登り切った。

 そして、下った先に高校はあった。

 真っ赤なスポーツ自転車に跨る女子高生は珍しいのか、同じ制服を着た高校生達が洋子を見ている。そんな視線が恥ずかしくもあった。

 自転車置き場に自転車を停める。しっかりとチェーンロックを施錠する。悪戯防止のために自転車と自転車置き場の屋根の骨組みにもする。

 それから指定された自分の教室へと向かう。

 1年3組。

 それが新しい生活を始める教室。

 すでに半数以上が教室に居た。

 緊張した面持ちで洋子はその中に入る。

 座席も決まっている。黒板に書かれた座席に記された自分の学生番号を探し出した。

 座席は中頃の一番、窓側。

 柔らかな日差しが注がれる席だった。

 席に座ると、不意に視線を感じた。

 左を見れば、男子生徒が洋子を見ていた。

 「おはよう」

 そう挨拶をした。男子生徒は少し赤面して「おはよう」と返してくれた。

 「君、ロードに乗っていたでしょ?」

 男子生徒は笑いながら問い掛けた。

 「あぁ・・・あれ、ロードだけど、少し違うんだ」

 洋子も恥ずかしそうに答える。

 「えっ?ロードじゃないの?」

 「うん・・・ランドナーって言う旅行が出来る自転車なんだ」

 「旅行?」

 「そう・・・荷物を前後に詰めるんだよ」 

 「あぁ・・・どうりでロードなのに後ろに鞄があったんだ」

 「そうそう」

 「僕はロードに乗ってるからちょっと不思議に思ってね」

 「そうなんだ。私はおじさんの遺品で、この間、乗り始めたばかり」

 「へぇ・・・。それで自転車でどこかに旅行は行ったの?」

 「ううん。まだだよ。おじさんにはカメラも貰ったから。あっ・・・おじさんはプロのカメラマンだったから」

 「へぇ・・・凄いな」

 まだ、名前も知らない男子と会話が弾んだ。それだけでも洋子の緊張は解れた。

 「あっ・・・まだ、名前を言ってなかったね」

 男子生徒は気付いて、制服の名札を見せる。

 「長谷川・・・長谷川雄一」

 慌てて、洋子も名乗る。

 「私は高橋洋子・・・よろしくね」

 それが雄一との出会いだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る