第14話 戦いの後で
揺れが心地好い。それに何だかほのかに甘い香りに安心感を覚える。このまま眠っていたい。けど何か……
「そうだ!」
その叫び声にイクトを背負い歩いていたヤオはビクッとした。
「突然びっくりするアルよ。
その声にイクトは全てを察した。
「……すいません。ヤオさん。」
「これくらい構わないアル。」
「降ります。」
「まだ無理はしない方が良いネ。このまま街へ帰るヨ。」
ゴブリンの集落で戦い、力を使い果たしてしまったんだな。
「ヤオさんの手を患わせてしまって。」
「力を出しきってゴブリンと戦うように言ったし、帰りは任せるようにも言ったネ。」
「ホブゴブリンもヤオさんが倒してくれたのでしょう?」
「え?」
「ゴブリンからの攻撃を避けた後に僕はホブゴブリンの攻撃を受けたのですよね?そこから記憶がありません。」
覚えてないアルか?奥義の1つである気光砲を放った事を。
「手負いになったホブゴブリンを見て僕は勝利を確信してました。それが油断だったんですよね。他に生き残りも居て当然だというのに。」
イクトの体が小刻みに震えている。
「情けないですよね……」
「そんな事ないアル。イクトはホブゴブリンに勝ったヨ。覚えてないアルか?」
「え?」
ヤオはあの後の出来事を、どうやって倒したのかを説明した。
「僕が?あの技を?」
「気光砲言うアル。まだまだ不完全だけど確かに体の外へ気を放出していたネ。」
「気光砲……。それが本当なら嬉しいですね。」
「けどアレは今後禁止ネ。」
「え?」
「気を使うには段階があるネ。まずはイクトの段階、運用。これは気を使う事に慣れる段階。」
「運用……」
「次に気を
「練る?」
「そう。気を望む形に、使いやすくするネ。」
「形を変えれるのですか?」
「大量に使う場合は膨らませたり、逆に圧縮したりネ。そして最後が放出。これが出来たら気光砲が出来るネ。けどイクトは丹練をせずに放出したネ。本来は膨張させ量を増やし放出するネ。」
「それをしないとどうなるのですか?」
「本来ならば放つエネルギーは膨張させたエネルギー。これは外に放つには膨大な量が必要だからネ。」
「という事は……」
「イクトはかなりの量の気を、それこそ死んでもおかしくない量の気を放出していたネ。」
そう言うヤオはどこか怒っているように見える。
「すいません。」
「イクトは悪くないアル。そうさせてしまった自分が腹ただしいネ。……けど、きちんと順序を踏んで鍛えていけばイクトは必ず強くなるネ。」
1度見ただけの気光砲を自分の力で再現してみせたのだ。これを天才と言わず何と言うか?
「ありがとうございます。……あふ。」
「まだ寝ると良いアル。街に着いたら起こすから。イクトは気も魔力も限界まで行使したアル。体力も限界ヨ。」
「すいません。」
イクトはそう言うとヤオの髪に顔をうずめた。
「……ヤオさん、良い香りがする。」
「!?ちょ、ちょっと待つアル!そんな臭いを嗅ぐなアル!」
「ほのかに甘く優しい安心する香りです」
「いや、汗とか、色々で良い香りの筈がないネ!」
「……」
「イクト?」
微かに寝息が聞こえる。イクトの顔は髪に埋まったままだ。
「……もう、仕方ないアルね。」
そんなイクトの体温を感じながらヤオは思い出す。
「イクトの意識がない時で良かったアルね。」
器用に片手でイクトを支えながら片手で自分の唇に触れる。
「あの時は必死だったけど柔らかかったネ……」
唇の感触を思い出し、頬がほのかに赤くなる。
「今度はきちんと……って何を考えてるアル!?これじゃまるで、まるで……」
イクトは初めての弟子だ。気の才能もあるし、剣も魔法も素晴らしい。必ず強くなる。それこそS級冒険者も夢じゃないくらいに。
「将来性も有望。性格も良いし、見た目も悪くないネ。何より努力を惜しまないで頑張る所が……ってあれ?これってやっぱり……恋?いやまさかそんな……でもこんな気持ちは初めて……いや、そうか!これが師弟愛か!」
そうだ、そうだ。そうに違いない。師弟愛だからこそ怪我をしたイクトに口移しでポーション……
そこでボンッとヤオの髪が跳ね上がり、顔が真っ赤になった。
「いや、違うネ。これは間違いないネ。」
だってこんなにも背中のイクトを愛おしく感じる。首筋にかかるイクトの息、体に伝わる体温。全てをずっと感じていたい。
「私とした事がまさか、ネ。……けど、これも悪くないアル。」
穏やかな微笑みを浮かべヤオは歩いて行った。
「イクト!起きるアル!」
街に着くちょっと前にヤオはイクトを起こした。
「あ、はぃ。あれ?」
イクトがヤオの髪に埋まったままだったので中でもがいてから顔を出した。
「……あ、そうか!」
先に見える街を見てイクトの意識はハッキリとした。
「すいませんでした。結局ここまでおぶってもらって。」
ヤオはイクトを降ろすと
「構わないアル。私は格闘家。体力には自信あるネ。」
そう言って力こぶを作って見せた。
「うわ、凄い筋肉。」
「そうネ。」
「けどヤオさんの背中は何だか良い香りでとても柔らかく気持ち良かったです。」
「そ、そうか?それは良かったネ。」
その言葉に顔が火照る。
「暗くなる前に戻って来れたけど、イクトのギルドへの報告は明日にするネ。だから今日はゆっくり休むネ。」
「ヤオさんは?」
「私は先に報告すべき事があるからイクトを送ってからギルドに行くヨ。」
「そうですか……」
「明日の朝に迎えに行くネ。イクトの報告には私も立ち会うヨ。」
「はい!分かりました!」
そう言い笑顔になるイクトの姿に眩しいものを感じてヤオは目を細める。
「それじゃ行くとするネ。」
イクトを部屋まで送ってからヤオはギルドへと来ていた。
「あれ?ヤオさん。イクト君は?」
「その事で報告があって来たネ。」
「え!?まさか!?」
「違う違う、いや、違わない?」
「そんな……」
「そんな想像してる深刻な状況じゃないね。イクトは無事ヨ。」
「え?それじゃあ?」
「事故があったのは事実ヨ。今はポーションで回復してるし、念の為に今日は部屋で休むように言ったアル。」
「……詳しく聞く必要がありそうですね。」
「そうネ。出来ればギルド長にも。」
「分かりました。準備します。」
そう言うとティーダは席を立ち奥のギルド長の元へ向かった。しばらくして
「ヤオさん。こちらへ。」
ギルド長の部屋へと案内された。
「まあ、座れ。それでどうしたってんだ?」
ヤオは簡潔に討伐依頼で起きた事を話した。そして
「イクトを危険な目に合わせた。これは私の責任ネ。処分は甘んじて受けるヨ。」
ギルド長は顎に手をやり少し考えてから
「確かに初の討伐依頼でやる内容じゃないな。」
「そうネ。私の判断が軽率だったヨ。」
「けどヤオ、お前は出来ると判断したんだよな?」
「そうアル。」
「なら出来なかったのはイクトだ。いや、出来てはいたのか。そこはまあいい。冒険者に危険はつきものだ。それにゴブリンの巣は早急に対処する必要があり、それにお前は応えただけだ。訓練生とは言えイクトも冒険者だ。死んでいないのなら問題じゃないな。」
「いや、しかし!」
「ヤオよ。お前は冒険者を舐めているのか?」
ギルド長の言う事も分かる。しかしイクトは訓練生だ。ある程度の危険は仕方ないだろうが、今回は行き過ぎであったと言える。
「これで文句を言う奴に冒険者となるのは不可能だ。これから先もっと危険な事が必ず起きる。それにこれを問題にして教官を罰するようじゃ冒険者ギルドとして沽券に関わるな。」
「けどそれじゃ納得いかないネ。」
「何だ?ヤオ。それはお前が罰して欲しいだけじゃないか。」
「それは……。」
確かにそうネ。ギルドとして問題ないと言われているのに食い下がっているのは渡ネ。
「そう思うならヤオ。お前は教官として責任を持ってイクトを育てろ。それがお前が取るべき責任だ。」
「!」
「それに何だ?イクトはちょっと訳ありでな。」
「訳あり?」
「そこからは私が。」
「!?」
ギルド長の座る席の後ろにいきなりファナが現れた。
いや、現れたんじゃないネ。始めからそこに居たネ。町の中だからと油断して気配察知をしていなかったネ。でもだからと言って目の前に居て存在に気付かせないなんて恐ろしい腕前ネ。
「私の名はファナ。森の中でもお話したように貴方にはイクト様が強くなる為の協力をお願いしたい。」
「……」
ギルド長も何も言わない。このファナの主はギルドにも影響がある程の大物ネ。
「それに対する報酬等はお支払いさせて頂きますし、支援も惜しみません。」
「いったいイクトを強くしてどうするつもりネ?」
「我が主の望みはイクト様を英雄とする事。」
「英雄?」
「はい。」
「イクトを英雄に祭り上げてどうする?」
「それにはお答えしかねます。」
英雄にして結婚するつもり等言える訳がありません。
「……まあ良いアル。イクトを強くする事は私も否定しない。利害は一致してるネ。利害が一致している間は協力するネ。」
「ありがとうございます。それでとりあえずの報酬としてはギルドの酒場に貯まったツケ。これをこちらで支払い済ませておきます。」
「本当か!?ありがたいネ。これでまた酒場に行けるネ。」
これは少し早まりましたかね?酒乱でイクト様へちょっかいかけたりしなければ良いのですが……
「それではまたお会いしましょう。」
ファナがそう言い姿を消した。その直後に扉が開き誰かが出て行った。
「相当な実力者アルな。目の前に居たのに姿が見えなくなったヨ。」
そう言いながらもヤオは気配察知でファナの動きを追っていた。
「ま、そんな訳でこれからも頼むわ。ヤオ。」
「それから、酒場が解禁と言ってももう飲み過ぎては駄目ですよ?」
これはティーダからの忠告だ。
同じ酒好きとして一緒に呑んだ事もあるのにだ!
「それはティーには言われたくないネ。」
「そうですか?」
「絶対に私よりも飲んでる癖に酔った姿を見た事ないネ。」
「私お酒に強いですから。ヤオさんは酔って人に奢るからツケが溜まるんですよ?」
「それは……言い返せないアル。」
「それじゃ早速今夜に行きますか?」
「良いアルね。……いや、やっぱり今日はやめとくアル。」
「え!?」
「明日はイクトを迎えに行く言うてるアル。飲み過ぎて二日酔いでは行けないネ。」
「ヤオさんがそんな事を言うとは……驚きです。」
「流石に今回の事は反省しているアル。きちんと討伐依頼の完了を見届けたいアルね。」
「ヤオさん……。成長しましたね。」
「まだまだ未熟アルよ。」
「どうでもいいが、ティーよ。そろそろ仕事に戻れよ?」
「え?あ、はい!そうですよね!」
ギルド長に言われてティーダは部屋から出て行った。
「ヤオよ。初めての弟子だろ?どうなんだ?」
「ん?イクトの事ね?」
「ああ。」
「強く、強くなるアル。きっと私よりも強い男になると思うアルよ。」
「ん?という事はお前の結婚相手の条件を満たしてるか?」
「へぁ!¢何言うアルか?ギルド長にそんな話しをした事ないアルよ!」
「前に酔って酒場で言ってたぞ。結婚の条件は自分よりも強い男だって。」
「イクトは……イクトは!」
ヤオは顔を真っ赤にして
「まだ私よりも弱いアル!対象外ネ!」
そう言い残して部屋から飛び出して行った。閉まる扉に向けて
「説得力ないぞー。」
ヤオに聞こえたかどうかは分からない。しかし今度酒場で会ったらネタにしよう。と心に誓うギルド長である。
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