第15話 街へと帰還

 ◇◇◇ファナside◇◇◇

 「さて、無事に街へと辿り着きましたね」


 ファナは森の中でヤオの進むであろう進路に居る魔物を駆除してまわり街道へ出てからは問題が起きないか様子を見る為に一定の距離を保ちながらついて来ていた。


 「もう大丈夫でしょう」


 ファナはヤオとイクトを追い抜き街へと戻る。その際にヤオに見られたような気配があった。


 「隠蔽スキルを使っているのでそんな事は無いはずですがね?」


 隠蔽スキルも完全ではない。高位の冒険者等は直感的にそのスキルを見切る事がある。

 だとすれば中々の逸材ではありますね。


 「それよりも問題はユイナ様にどう報告するかですね」


 報告の仕方次第では城を飛び出しかねない。

 それにポーションを飲ます為とは言えイクト様の唇に……

 

 「そうだ。これは報告せずにいましょう」


 幸いにしてこれを知るのは本人と私だけです。イクト様は気を失っていて気づいてないでしょう。


 「知らなければ何もなかったも同然です」


 これをユイナ様に報告すると発狂してしまいそうです。

 あの冒険者もわざわざ言いふらしたりはしないでしょうし、その方がお互いの為です。


 「さあ、ユイナ様は今日は夜会の日。今頃は準備に忙しくしているはずです。夜会が終わるまでにどう報告するかまとめましょう」



 ◇◇◇ユイナside◇◇◇

 朝日がまだ昇り始めた頃、ユイナは朝露に濡れるのもお構い無しに走る。


 「イクト!」


 ユイナがファナからの報告を聞けたのは深夜になってからだった。

 ゴブリン退治に行ったのはまだいい。デビュー戦の定番はスライムであるが、ゴブリンに行く場合も多くある。

 問題はその後だ。


 「はあ!?集落!?」


 ユイナが驚きのあまりに姫らしくもない絶叫をあげた。


 「しかもその殆どをイクトに任せてオマケにホブゴブリンまで!」


 ゴブリンはFランクの魔物だがホブゴブリンになるとDランクとなり到底初心者が対応する魔物ではない。


 「その女は許せないわ。八つ裂きにして殺しましょう」

 「いや、しかしユイナ様。これはイクト様の実績としては大きいのでは?」

 「それは……そうね」

 「それにこの教官をこちらに取り込めば……」

 「イクトが討伐依頼を受けれる。」

 「はい。これはギルドのポイントに与える影響は大きいかと」

 「確かにランクを早く上げるにはその方が都合はいい。けど、その女の必要はないわ」

 「駄目です。私達が知らなかった位に教官は訓練生の討伐依頼にネガティブです」

 「確かにそうね。けどそれはどうもでもなるんじゃない?」

 「そうかもしれません。しかしイクト様がどうなさるか?それにこの者の技術は我々には無いものです。」

 「イクトが……。しかし……」

 「それに冒険者として危険な目に合うのは致し方ない事」

 「それは……分かってる。分かってるけど、こんなに早くとは思わないじゃない?」

 「それはそうですが、時期が早まっただけです。時期が早まったならランクアップも早まる筈です」

 「……そうね。分かったわ。分かったけど!」


 報告を聞きいてもたってもいられないユイナをどうにか宥めせめて明るくなるまでと何とか押し留めていたのだが、朝日が少し顔を出した時点でユイナは城を飛び出した。


 「ユイナ様!」


 走るユイナを追いかけファナも走る。


 「何よ!」

 「お待ち下さい。こんな時間に行ってもイクト様も寝てます!」

 「構わないわ!部屋の鍵も有るし!」


 違う。そういう問題じゃない。いくら心配だといえこれは完全に暴走だ。


 「それに寝てるならそれはそれでイクトの寝顔が楽しみだわ」


 駄目だこれは。イクトが心配過ぎて寝れてないが為のナチュラルハイになっている。 

 そうこう言っている内に着いてしまいます。どうやって諌めましょうか?


 「あれは!」


 ユイナ様が更に加速しました。私のスピードでも追いつけません。


 「イクトー!」


 助かりました。イクト様はもう起きて素振りをしているようですね。


 「あれ?ユイ……」


 ユイナはその勢いのままにイクトへ突進してしまい、イクトはそれを支えきれずに2人して倒れてしまう。


 「イクト!大丈夫?」


 ユイナはガバッと起き上がりなりそう叫んだ。


 「僕は大丈夫。ユイナこそ大丈夫?突然だったから支えきれずに転んじゃった。ゴメンね」


 私の下から見上げるイクト。もうこのまま襲ってしまいたい♡


 「私は大丈夫よ。昨日はイクトの事が心配で眠れなかったわ」

 「昨日はお互い忙しくて会えなかったからね。僕も昨日は大変だったよ」

 「そうなの?大丈夫だった?」


 本当は何があったのか知っているのだがそれを知られる訳にはいかない。


 「初の討伐依頼はゴブリンでね、なんと集落の討伐までする事になったんだ」

 「え!?集落?大丈夫なの?」

 「何とかはなったよ。僕はそこで力を使いきって最後は教官に連れて帰ってもらったんだ」


 どうやらイクトは自分が危険な目に合った事は言わないつもりみたい。

 心配かけたくないのだろうけど、それはそれで寂しいわ。


 「ユイナはどうだったの?」

 「え?私?私はイクトに比べたら大した事はないわ。それよりもイクトの話しを詳しく知りたい。力を使いきってってどういう事?」


 イクトは観念したのか何があったのかを語りだした。

 ゴブリンには問題なく勝てた事や、ユイナから教わった魔法で集落のほとんどを倒せた事。そしてホブゴブリンとの戦いの事を。


 「ホブゴブリン……。初心者が戦うような相手じゃないわよね?」

 「そうだね」

 「私はその教官を許せない!」

 「ごめんね。ユイナを心配させてしまって」

 「イクトはその教官の行動を許せるの?」

 「許すも何も僕は感謝しているよ。」

 「感謝?危険な目に合ったのに?」

 「そうだね。けど、冒険者なんだから危険な事はたくさんあるさ。それを経験出来て無事に帰って来ているんだ。それだけで感謝さ」


 イクトのその想いは冒険者としては正しいのだろう。しかしそれと私の想いは別。

 私はイクトが心配。そういうイクトが傷つくような事はまだ先でいい。


 「それに今度こそ負けない。ユイナに心配させない為にもホブゴブリンくらい簡単に倒せるようになってやる!」

 「ずるいよ。イクトにそんな風に言われたら私からは何も言えないよ」


 ユイナが泣きそうな顔でイクトの胸に顔をうずめた。

 そんなユイナをそっと抱き寄せ


 「まだ心配かける位に僕は弱いけど、ユイナが安心出来るように強くなるよ。だからもう少し待っててね」

 「うん!」


 告白だよね?待ってる!待ってるから!本当は早く言って欲しいけど待ってるから!


 ユイナはイクトの胸にグリグリと顔を埋めるのであった。



 ◇◇◇ヤオside◇◇◇

 朝早くにイクトの所へ来てみたものの……


 「あれは誰アル?」


 イクトに誰か女性が襲いかかっている。

助けに行くべきだと思ったが、眼前には


 「またあんたアルか?退いて欲しいネ」

 「いいえ、退きません」

 「何故ネ?」

 「あの方が我が主です」

 「はあ!?」


 あのイクトに馬乗りで抱きついている女がこの女の主?


 「あれはどういう事アルか?」


 ヤオは2人を指差した。


 「あれは昨晩イクト様を心配の余りに眠れない夜を過ごしてテンションがおかしくなっているのです」


 それを言われるとその責任は私にあるネ。


 「また後日、我が主とお会いして頂きます。今日の所は理由をつけてイクト様と引き離してもらえると助かります」

 「面談アルか?まあ良いネ。こっちも聞きたい事もあるしネ」

 「よろしくお願いいたします。それとそれとなく時間の事をお伝え下さい」


 そう言うとファナは街の方へと消えていった。


 「やれやれネ。ま、とりあえず。イクトー!大丈夫ネ?」


 ヤオはイクトの方へと駆け寄りながら叫んだ。

 その声にビクッと反応したのはユイナ。

改めて自分の状況に気付き慌てて身を起こした。


 「ごめんね。イクト。重くなかった?」

 「大丈夫だよ。ユイナの重みや温もりはいつでも感じていたいな」


 そう言って微笑みかけるイクトに赤面しつつま離れるユイナ。


 「それは誰アルか?」

 「幼馴染みのユイナです」

 「初めまして」


 笑顔で挨拶をするユイナだがその内心は


 もっとイクトと引っ付いていたかったのに!


 「私はタン・ヤオ。格闘術の教官ネ。」

 「格闘術……それでしたら格闘家ですか?珍しい職業ですね。」

 「そうネ。普通は武器を持ちたがるネ。イクトも基本は剣で戦う。けど、武器が壊れたり失くしたら?最後に頼りになるのは肉体ヨ。」


 確かに最後の最後まで残るのは体だ。武器も魔力も無くなる。

しかし死なない限り肉体は残る。その意味では格闘術を磨くのは一理ある。


 「イクト。そろそろギルドが開く時間ネ。そろそろ行くヨ。」

 「あ、もうそんな時間ですか。準備するんでちょっと待ってて下さい。」


 そう言うとイクトは建物の中へと入って行った。


 「ユイナと言ったネ?何者アルか?」

 「……それはまた日を改めて。」

 「ファナとかいう強者つわものを従えているのにイクトの何が狙いアルか?」

 「それはもちろん」

 「お待たせしました!」


 そこへイクトが元気よく現れた。

 

 「ユイナ。これからギルドへ行って来るから。今日は朝から会えて嬉しいよ。」

 「うん。私もよ。またね。」

 「うん。また。」


 そうしてユイナに見送られイクトとヤオはギルドへ向かった。


 「イクト。さっきのは彼女アルか?」

 「いいえ、幼馴染みですよ。まだ。」


 まだ。か。

 その言葉にモヤモヤするものを感じるヤオであったがその真意には気づかないふりをした。

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