第13話 集落

 「イクトは力を温存の為に今回は気配察知しなくていいネ。そっちに集中して怪我でもしたら大変ネ。」


 僕達は今、険しい道無き道を進んでいる。何故ならば


 「ゴブリンの集落はこの森の中ネ。当然そこに通じる道は無いからこの森を進んで行くネ。」

 「……はい。」


 ヤオさんが居るとは言えデビュー戦でいきなりゴブリンの集落へ攻めるのはどうかと思う。それも


 「今回は集落での戦いに集中して良いネ。帰りは私がおぶって帰っても良いアル。デビュー戦で無茶はさせないアルよ。」


 帰るまでが遠足です。けれど今回は私が面倒みます。みたいなノリで言われてもやる事自体が無茶振りなんですが?


 「だからイクトの全てを出しきるように討伐を頑張るヨ。」


 確かにゴブリン相手で全力を出したかと言われればそうではない。しかし次はゴブリンが100体。その中にはホブゴブリンまでいるというじゃないか。果たして僕の力で討伐出来るだろうか?


 「ギルドに報告に行った方が良いんじゃ?」


 不安からそんな言葉を口にした。


 「そうね、普通はそうするネ。けど早く討伐しておきたいネ。」

 「どうしてですか?」

 「アイツらは他の種族の女性を襲って数を増やすネ。」

 「え?それって……」

 「野放しにして数が増えれば増える程に近隣の危険度は増すネ。」


 そう言うヤオの顔は怒りに満ち溢れていた。


 「ヤオさん……」


 触れる事の出来ないような問題だが過去に何かあったのかもしれない。それを思うとイクトは胸が締め付けられる思いだ。


 「それに、アイツらって何か無性に腹が立つネ。生理的に受け付けないって言うか。それが増えるとかあり得ないネ。」


 どうやら個人的に嫌いなだけのようだ。


 「さてそろそろ着くヨ。」



 姿勢を低くし、木々の隙間から先を覗きこむと木で組んだテントのような物が見える。それも何棟かあるようだ。そこに居るゴブリンの姿も見えた。集落で間違いない。


 「さて、イクト。これからどう戦うかは自分で決めるネ。大胆に襲撃をかけるのも良し、隠れて間引いて数を減らすのも良しヨ。」


 時間をかけて間引いていく方が安全性は高い。数を減らせばそれだけ脅威度は下がるだろう。

 気配察知で集落の様子を伺い何処にどれだけ居るのかを把握してみた。


 「ヤオさん、人は中に捕らえられているか分かります?」

 「イクトはどう思う?気配察知で確かめたネ?」

 「僕は居ないと思いました。けれど僕は未熟なので。」

 「良い判断ネ。人は居ないアルよ。ここに居るのは全てがゴブリン。誰かを巻き込む心配ナイ。」

 「でしたら……全力で行きます!」


 「石よ礫よ我が意思に応えたまえ。」


 イクトの前に無数の親指大の尖った石が浮かび上がる。


 「イクトは魔法もイケるアルか!?」

 「まだだ!まだまだ!」


 それは数を増やしつつ、集落の上空に移動する。

 外を歩いていたゴブリンが地面のおかしな影に気がつき空を見上げた。


 「グギャ!?」


 ゴブリンが驚きの声をあげると同時だった。


 「ストーンバレット・レイン」


 石が上空から加速し集落に雨のごとく降り注ぐ。テントは粉々に破壊され、外にいたゴブリンは石の弾丸に打ち抜かれ体に無数の穴を開けた。


 「ふう、これで大半を退治出来れば良いけど。」

 「何てエグい魔法アルか……」


 気配察知で状況を確認する。やはり所々に生き残りがいる。

 やはりというかゴブリンの集落はまだ全滅していない。


 「ゴアァァ!」


 奥から叫び声が聞こえた。明らかにゴブリンの叫び声とは違う。

 怒りもあらわに巨体が現れ何かを探している。ゴブリンは子供くらいのサイズだったが、目の前にいるのは人よりも大きい。それに手にはゴブリンの背丈程もある長剣ロングソードを持っている。


 「あれがホブゴブリン。ゴブリンの上位種ヨ。」


 ホブゴブリンは生き残りを引き連れ現況を探しているのだ。


 「かなりお怒りのようネ。まだ見つかってないしほとぼり冷めるのを待つカ?」

 「いえ、行きます。」

 「ホブゴブリンの力は脅威ヨ?まともに相手をするのはお勧めしないネ。」

 「それでも上を目指すのならホブゴブリン相手に怯んではいられない。」


 「石よ礫よ我が意思に応えよ!」


 イクトの後ろに今度は拳大の尖った石が5つ浮かぶ。


 「それではいってきます!」


 イクトはホブゴブリンに向けて飛び出した。

生き残りホブゴブリンと共にいるゴブリンは5体。時間をかければかける程にゴブリンが集まり数は増えるだろう。

 その前にホブゴブリンを倒してしまわないと大変な事となる。


 「まずは!」


 手近にいたゴブリンを上段からの切り下ろしで切断するとそのまま走り下段からの切り上げで2体のゴブリンを倒した。


 奇襲で倒せるのはここまでだ。

イクトは剣を構え直し体勢を整えるとそこに左右から2体のゴブリンが襲いかかる。


 「放て!」


 左のゴブリンに向けて空中待機しておいたストーンバレットを放ち、右のゴブリンには剣撃で対処する。

 それに合わせたのかホブゴブリンが長剣を振りおろしてきた。


 「くっ!」


 イクトは咄嗟にそれを剣で受ける。ホブゴブリンが上から体重を乗せそのまま押しきろうとしてきた。更にはもう1体のゴブリンが迫る。


 「気力強化!」


 気を全身に漲らせ一気にホブゴブリンを押し返すとその勢いでホブゴブリンが倒れた。


 少し遠い。


 そのままホブゴブリンに追撃したいところではあるが、ゴブリンが迫っている。先にゴブリンを対処しないと。


 「全弾発射!」


 ホブゴブリンに残りのストーンバレットを放ちつつ、ゴブリンを切りつけた。

 ホブゴブリンを確認すると腹や肩に穴を開けている。しかしまだ戦いは終わらない。ホブゴブリンの目は怒りに燃えている。


 急いで放った為に狙いが甘かったか。けどもう左手は使えないはずだ。


 イクトは勝利を確信していた。

止めを刺すべく剣を構え落ちついてホブゴブリンに迫る。


 「イクト!後ろネ!」


 ヤオの叫びが聞こえ振り返る。

ゴブリンだ。槍を構えこちらに投げつけている。

 それを寸前のところで剣で払い落とした。

 ヤオがそのゴブリンを蹴り上げているのが見えた。

 その瞬間にイクトは横へ弾き飛ばされた。


 「イクト!」


 マズイ!マズイ!マズイ!何が起きた?早く起きなければ!


 左手を地面につき起き上がろうとするが激痛が走り左手が動かない。

左手を確認すると手の半ばからあり得ない方向へと折れ曲がっている。

 咄嗟に剣から手を放し右手で立ち上がるとそこにはホブゴブリンが迫っていた。


 「イクト!」


 マズイアル。間に合わないヨ!


 「ゴアァァ!」


 迫るホブゴブリンに痛む左手。剣は地面に転がったままだ。魔力は使いきった。どうする?どうすれば?


 「うおおおお!」


 頭の中にイメージはある。ヤオさんが1度見せてくれた。気を使う事は出来る。後はこれを集めて


 イクトの手に気が集まる


 ヤオさんのように気を膨らます事は出来ない。けど!


 手が輝きを放ち


 「いっけぇ!」


 イクトの手から放出されホブゴブリンを吹き飛ばした。


 「やった……」


 そこでイクトの意識は途切れた。



 ◇◇◇ヤオside◇◇◇

 「まさかイクトが未熟ながらも気光砲を放つとは驚きネ。」


 倒れたイクトを確認しヤオは独り言た。気配察知で生き残りのゴブリンの位置は分かる。

 それらの多くはホブゴブリンの断末魔を聞き集落から逃げ出している。が、


 「今回は見逃すネ。それよりもイクトヨ。」


 腕は骨折。魔力も気も使い果たして倒れてしまっている。


 「骨折となるとポーションじゃ治らないネ。ここは……」


 ヤオは胸の谷間から小瓶を取り出した。


 「ハイポーション。高価だけどネ。とんだ出費になったアル。」


 そう言ってヤオは優しく微笑んだ。


 「問題は……どうやって飲ますか……仕方ない。仕方ないネ。」


 ヤオは顔を赤らめながらブルブルと首を振るとイクトの左手に触れた。赤く腫れ上がり熱い。


 「高位のハイポーションならそのままで大丈夫だけど、低位だからネ、痛むけど我慢アルよ。」


 折れた所を真っ直ぐにする。本来ならば痛みで悶絶ものなのだが、意識を失っているイクトに反応はない。それだけ消耗仕切っているという事だ。


 「すまないアル。私がもっとしっかりとしていれば……」


 ヤオはハイポーションを自分の口に含みイクトへと口移しで注ぎこんだ。

 イクトの手からみるみる内に赤みが引いていく。


 「このまましばらく休ませてあげたいところだけど……。」

 

 ヤオは立ち上がると


 「いい加減出てくるネ!」

 

 森に向けて大きな声で叫んだ。


 「……気付いていましたか。」


 森の中から現れたのはファナ。


 「ずっと後を着けていたアルね!何が目的カ?」


 ファナは両手を上げ敵意が無い事を示し


 「しいて言うのであればイクト様を強くする事ですね。」

 「イクトを強く?」

 「はい。そうです。」

 「何故?」

 「我が主がそれをお望みであるから。今言えるのはここまでですね。目的は一致してますよね?」

 「そうネ。確かにそうアルね。ならば害意は無いと思っていいネ?」

 「はい。もちろん。」

 「それと、さっきは助かったネ。イクトがホブゴブリンに切られそうになった時に魔法を付与したネ?」

 「気付いてましたか。」

 「斬撃耐性ネ?あれがなければイクトが真っ二つだったかもしれないネ。」


 得体の知れない相手ではあるネ。けれど今のところは敵対するようではないみたいネ。


 「あなた様の技術は素晴らしいと思います。今後もイクト様の強化にお力添えを頂ければと思いますのでどうかよろしくお願いします。」

 「駄目ネ。今回の事で私は教官失格ヨ。教官の資格も剥奪なるネ。」

 「いいえ、そうはなりません。」

 「何故ネ?」

 「そうならないように私達が手配します。」


 そんな事が可能アルか?ギルドに影響力を持つなんてとんでもないネ。


 「……気持ちほ嬉しいネ。けど私は自分の行いに納得出来ないネ。あれだけ豪語して結果イクトを危険な目に合わせた。」

 「そうですね。しかし冒険者に危険はつきものです。我が主もイクト様が無傷で冒険者を続けるとは思っていません。」


 それよりも先程の口づけの方が問題です。これを報告すれば血相を変えるに違いありません。幸いこの事を知っているのは彼女と私のみ。この事は内密にしておきましょう。


 「先程の気の力は我々には無い力です。それを身につけるにはあなたの協力が必要不可欠です。」

 「それは……」


 イクトが強くなる。それは望むところだ。イクトには私の初めての弟子として強くなって欲しい。


 「考えさせて欲しいネ。」

 「はい。それで結構です。答えはまた後日で構いません。」

 「ついでと言ってはなんだけど」

 「はい?」

 「露払いを頼みたい。」

 「露払いですか?」

 「イクトを安全な所で休ませたい。私が担いで戻るネ。」

 「それは……そうですね。私の存在をイクト様にはまだ気付かれたくはありませんし、そうして頂くとありがたいですね。」

 「それじゃ街へ戻るネ。」

 「分かりました。ではアナタ方には鼠1匹近寄らせません。」


 そう言い残してファナは森の中へ消えて行った。

 残されたヤオはイクトを背中に背負い街へ向けて歩き出した。


 「……凄い奴アルね。」


 気配察知で得る情報では近くの魔物の気配が次々に消えていく。そのスピードは常軌を逸していた。

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