番外編 イクトの引っ越し

 「ふう、やっと荷物を運び終えた。」

 イクトはこれから冒険者として活動するにあたりこれを機に部屋を借り1人暮らしを始める事にしたのだ。そこへ

 「イクト、引っ越しは順調?」

 「ユイナ。今ちょうど荷物を運び終えた所だよ。」

 イクトは朝から荷運びをしていたのだ。

 「お昼は?」

 「え?もうそんな時間なんだ。そう言われるとお腹空いたな。」

 時刻は昼過ぎ。

 「意外と時間がかかったんな。もっと早く終わると思ってたよ。」

 「なら一緒に食べようか♡」

 「そうだね。それなら何処かに食べに行こう。中のキッチンはまだ使えないから。」

 「そうだと思ってコ・レ♡」

 ユイナは持っていた荷物を取り出した。

 「お弁当!」

 「作って来たの。」

 「うわあ、嬉しいな。」

 「一緒に食べよ♡」

 「うん!」

 「それじゃお邪魔します。」

 中はイクトの荷物が散らかっていて

 「ごめんね。まだ全然片付けれてないから。」

 「ううん、大丈夫。」

 とは言うが


 思ったよりも狭いわね。これでイクトは暮らせるのかしら?やっぱり裏から手を回すべきだったわ。


 「よっと。」

 イクトが荷物を端へ寄せ、箱をそこへ置いた。

 「ごめんね。テーブルなんかもまだ無くてこれで代用するね。」

 箱の前にクッションを置くと

 「ユイナはそれに座って。」

 「ありがとう。」

 言われるがままに座る。


 やはり今からでも手を回してどうにかするべきね。


 ユイナはその箱へ弁当を取り出し蓋を開け並べた。二人分の弁当だがそれなりに大きい。

 「美味しそう。流石はユイナだね。」

 そう言いながらユイナの隣の地面に座るイクト。


 近い近い近い近い!肩と肩が触れ合ってますわ!


 「ごめんね。狭くてここにしか座れなくて。」

 「いいえ、大丈夫よ。」


 確かにイクトはどうする気だろうと思う部屋の狭さだった。だが隣で肩を並べるのは予想外過ぎて幸せでイキそう。


 「はい、イクト。」

 そんな思いは表には出さずに取り皿をイクトへ渡し、水筒を取り出した。

 「あら?」

 「どうしたの?」

 「コップを忘れたみたい。」

 「それなら確か……」

 そう言い立ち上がるイクトだが

 「おおっと!」

 荷物に引っ掛かり転びそうになるイクト。それを支えようとし自分の方へ引っ張った。

 「ありがとうユイナ。」

 それを言うイクトの顔は唇が触れそうな程近い。


 キャー♡大接近!これはもうこのままキスしても……


 今度は荷物に注意しながら立ち上がるイクト。その姿に惜しいと思う。

 荷物の中からコップを取り出しそれを軽くすすいでからイクトが持って来た。

 「ごめん、1つしか無かった。ユイナが使って。」

 「いいえ、2人で使えば大丈夫ですよ。」

 「そう?ごめんね。」


 ヨッシャー!ナイスコップ!これなら合法的に間接キスが出来る!


 2人で弁当を食べながらイクトがお茶を飲む時にどこから飲んでいるかつぶさに観察して食事は進んだ。


 「はあ~、美味しかった。ありがとうね。ユイナ。」

 「いえいえ、私こそご馳走さまです。」 

 「?」

 その言葉に疑問を持つイクトだが気にしない事にした。

 「昼からも片付け頑張らないとな。」

 そう言って伸びをするイクト。ベッドの上も荷物がいっぱいだがそれを除けると

 「ユイナはそこに座ってて。」

 早速片付けを始めるイクト。

 「もうちょっと休憩したら?」

 「うーん、けど早くやらないと今日中に終わらないよこれは。」

 「私も手伝うからさ。」

 「そう?ありがとう。」

 「さ、座って座って」

 そう言いながらイクトの手を引くユイナ。イクトはバランスを崩し

 「うわ!」

 「きゃっ!」

 ベッドでユイナの上に覆い被さるようにイクトが倒れこんだ。

 「ユイナ……」

 

 イクトの熱い眼差し。真っ直ぐに私を見つめてきている。

 キャー♡これってもしかしてもしかして違う意味の休憩になるんじゃ♡♡♡

♡イクトが望むのならば私は良いよ♡


 「そんなに引っ張ったら危ないよ。」

 イクトは体を起こし

 「お茶入れるね。」

 そう言ってコップを手に取りお茶を入れる。


 危なかった。ユイナの潤んだ瞳。吸い込まれそうになった。そのままキスをしそうになってしまった。……たぶんだけどそうなってしまっていたら自分を止められなかったんじゃないか?


 お茶を入れるイクトの手が微かに震えているのをユイナは見逃さない。


 イクトったら我慢したのね。きっと私に相応しい自分にまだなる事が出来ていない。まだ早い。なんて考えているのでしょう?そんなのはいいのに。私は求められたら応えるわ。あーキュンキュンしちゃう。


 「はい。お茶。」

 イクトからコップを手渡されるとそれに軽く口をつけた。

 「イクトは喉乾いてない?」

 「ちょっと貰おうかな。」

 「はい。」

 イクトへコップを渡す時にわざと口をつけた面がイクトの方へ向くようにし

 「私はここから飲んだんだよ。」

 そこを指差した。

 「え?」

 私が言わなければ意識せずにそのまま口をつけて飲んでいただろう。それを敢えて意識させてみた。

 イクトの目が一瞬泳ぎ

 「僕は気にしないけどね。」

 その場所に口をつけ飲んだ。


 絶対に嘘だ。その証拠にイクトの耳は真っ赤になっている。本当に可愛いんだから♡


 「はい。ゆっくりしていて。」

 イクトはユイナへコップを渡すと慌てるように片付けを開始した。手を動かしながらもこちらをチラチラと見てくるのでわざとらしくコップにキスをする。

 それを見たイクトは顔を背けて見ていないフリをした。


 悪ふざけが過ぎたかな?ちょっと間を置いてから手伝うようにしましょうか。


 2人がかりで片付けてもかなりの時間がかかった。

 「今日はありがとう。大変だったろ?」

 「ううん、大丈夫。」

 2人でベッドなの腰掛け座っている。テーブルや椅子がこの部屋にないからだ。

 「今日から1人暮らしだけど大丈夫?」

 「うーん、どうだろう?何とかなるとは思うけど。」

 「私もまた様子を見に来るね。」

 「そうだね。ユイナが来てくれたら嬉しいよ。」

 「そうだ!もしイクトが居ない時に来たら掃除をしたり出来るね。だから……」

 ユイナが上目遣いでイクトを見つめる。これはおねだりする時の表情だ。

 「そうだね。これを渡しておくよ。」

 「いいの?」

 「この部屋の鍵。僕が居なくてもユイナなら何時でも好きに使ってくれて良いから。」

 「うん!ありがとう!嬉しい!」


 同棲?これって同棲の許しかな?一緒に暮らすの?本当は私と一緒に暮らしたい?


 「だからユイナの私物とか好きに持って来て置いても良いよ。」


 あーもう妄想が止まらない!2本並んだ歯ブラシにお揃いのコップ。色々な物を置いてイクトを私色に染め上げたい!


 「ありがとう。大切にするね。」

 「そろそろ帰る時間だね……。」

 シュンとした顔でイクトがそう言った。そんなイクトの肩に寄りかかり

 「そうだね……。」

 夕陽が辺りを照らしている。暗くなる前には城に戻らないと不味い。しかし

 「帰りたくない。」

 言ってしまった。イクトを困らせてしまうのを分かっているのに。

 「僕もユイナと離れたくないよ。けど……。」

 「そうね。そう言う訳にはいかないわよね。」

 努めて明るくそう言ってみた。

 「またね。」

 「うん、また。そこまで送るよ。」

 「大丈夫。ファナが来ているはずだから。」

 「そっか。」

 イクトと直接的な面識は無いがファナがこうして迎えに来ている。(実際は近くで様子を伺っているが)

 「今日はずっと傍に居たからかな?余計に寂しいや。」

 ユイナの瞳が今にも泣きそうに潤んでいる。その姿を見たイクトはユイナを強く抱きしめた。

 「ユイナ。」

 「イクト。」

 「ユイナ様。」

 「「ん?」」

 声のした方を見るとそこにはファナの姿が。

 「遅くなる前に帰りますよ。それとイクト様、時間が迫ってからのそういう事は感心しませんね。」

 その言葉にイクトは萎縮した。

 「それではユイナ様行きましょう。」

 「……分かりました。」

 ユイナは名残惜しそうに部屋を出て行った。

 「それにしてもいつからファナさんは居たのだろう?全然気付かなかった。」

 1人残されたイクトはしてしまった事と、ファナに見られた事に後悔していた。

 「ユイナが責められなければ良いけど……。」


 ユイナの少し後ろをファナが歩く。

 「ユイナ様、惜しかったですね。」

 「あそこでファナが邪魔をしなければ良い雰囲気だったのに。」

 「申し訳ありません。しかしあの時間から盛り上がられますと完全に間に合いません。」

 「そうだけどね。」

 「それと気になる事が数点。」

 「何?」

 「やはりあの部屋は狭すぎます。」

 「それは……」

 そうよねと言いかけてやめた。

 「むしろあの狭さがイイ。」

 「え?」

 イクトと密着していた時の事を思いだし頬を赤らめる。

 「ううん、何でもない。狭さはとりあえず問題ないわ。」

 「そうですか?まあユイナ様がそう言うのであれば。」

 「他の問題は?」

 「隣の部屋と壁1枚隔ているだけなので防音はありません。」

 「え?」

 「防音はありません。なのであそこでおっ始めると隣にはまる聞こえです。」

 「それは……大問題だわ。」

 「なさるつもりで?」

 「それは……するつもりはないわ。けど、もしね、もしかして何て事もあるかもしれないし?」 

 「私には分かりかねます。が、念の為に他の場所の候補を探しておきます。」

 「そうね、お願いするわ。」

 「それからイクト様の部屋に置く私物を購入しておきましょうか?」

 「それには及ばないわ。何か部屋の物を持って行こうかしら?」

 「それはやめた方がよろしいかと。」

 「何故?」

 「王族が使う物をイクト様の部屋へ持って行くのは些かマズイのでは?」

 「あ、そうね。それなら無難な物を……いえ、やっぱりこれは自分で選ぶわ。」

 「それならイクト様と買い出しに行かれては?」

 「それ良いね!イクトと買い出しか♡」

 ユイナの脳裏には2人で買い物をしている姿が浮かびそれはまるでカップルのようで……

 「我が主が幸せで何よりです。」

 そんなユイナの姿を見て微笑み呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る