第6話 逆転
扉がノックされ開かれた。
扉を開いたのは黒髪の美しい女性。
清楚に纏めあげられた髪に優雅な所作のその佇まいは高貴な出である事が安易に想像出来るのだが王女様ではないし来たのは1人だけだ。
王女様は来れなくなった?
ティーダが少し安心しているとその女性が部屋に入り不自然に扉を開けて暫く後に閉じると不意に声が聞こえた。
「
すると部屋の中にローブで身を纏い顔を隠した人物が突然その姿を表し、その人物がローブを脱ぐと直ぐに先程の女性がそれを受けとった。
ローブの中から現れたのは明らかに若い女性だ。
ティーダも遠目ではあるが見た事はある。間違いなく第三王女であるユイナ ユータランティア様だ。
青い瞳に金の髪を揺らしその服装は豪華な装飾こそ施されていないが使われている生地が高価な物と一目で分かる。
「ユイナ様、ご足労頂きありがとうございます。」
ギルマスが改まってそう口にし頭を垂れた。それに倣いティーダも頭を下げる。
「いえ、構いません。不正があれば確かに問題ですがこれが本当の事ならばその者は大成し得る者となるでしょう。ならばそれをいち早く証明して導く事が出来ればそれはこの国にとっても有意義な事となるはずです。それでそちらの方が冒険者を担当した人?」
「あ、はいティーダと申します。」
ユイナはティーダを足の先から頭の天辺まで値踏みするかのように眺めた。
ちょっと何よあの胸。私よりも大きいんじゃない?あの胸でイクトを誘惑したのね。
「ティーダさん、ね。あなたが担当なさったと。」
「はい。私が新人冒険者のイクト君の担当をし初期クエストの実施をしました。」
「そう……。」
「イクト君は毒草と薬草も間違わず判別し更には普通の水を魔力水にしてみせました。その結果出来上がったのが中級ポーションです。そこに不正等はありません。まだ担当となって短いので人となりはまだ把握は出来ていないでしょうが、とても温厚で優しく芯の通った人格と思われます。彼のような人が冒険者として活動すればきっと多くの人の助けになるでしょう。」
なかなか見所があるようね。イクトの良さを分かっている。
「今はそんな事を聞いている訳ではありません。ギルドの不正を問うているのです。」
「あ、すいません。でしたらイクト君……冒険者に影響は?」
「悪いようにはしないわ。そこは保証します。」
私がイクトに悪い影響があるような事をする訳がないわ。
「そう。良かった……。」
思っていたよりも誠実な人かもしれないわね。これはファナの言うように協力者とするのもありかもしれないわね。
「ギルドマスター。席を外して下さい。」
「あ?それは流石に……王族を疑う訳じゃないが職員を守るのもギルマスとしての使命だ。」
「スキルを使うに当たって人が多いと精度が下がります。なるべくこの部屋に居る人数を少なくしたいのです。」
「ティーの安全は」
「保証します。」
ギルマスの言葉にユイナは食い気味に答えた。
「……分かった。だが扉の外には居させて貰う。」
「ええ、構いません。」
「じゃあそっちの嬢ちゃん。出ようか。」
「私は残ります。ユイナ様の護衛を兼ねてますので部屋を出る訳には参りません。」
「あ?なら何で俺は出ないといけない?」
「ファナ……そこのメイドの思考は判別出来ます。詳しくは言えませんが彼女が居る事はスキルを使うに当たって問題ないわ。」
「そうかよ。ティー!何かあれば必ず報告しろよ。」
そう言い残しギルマスは苛立ち気味に部屋を出た。
それを見計らいファナが扉の前に立つ。
「ファナ。」
「はい。防音結界。」
部屋の中に音を遮るスキルが発動される。
「さて、これから幾つか質問させて貰うわ。」
「はい……。」
ユイナのその言葉に、王族を相手に話すという行為自身に胃がキリキリと痛む。
「あなたはイクトの事をどう思っていますか?」
「はい?」
何かがおかしい。そもそも冒険者の
イクト君の事をいきなり呼び捨てにしだした。
「もう1度聞きます。イクトの事をどう思っていますか?」
「それは、えーとですね、その、今後の期待出来る新人ですかね。」
「そんな事は分かっています。」
「???」
「あなたの気持ちを聞いているのです。」
「へ?気持ち?」
「そうです。そのー、好きとか嫌いとかあるでしょ?」
「あー、はい?えーとその、イクト君は可愛いとは思います。それに将来性もあります。今の内にどうにか出来ないかなとの思いもありました。」
その言葉にユイナの眉間に深い溝が刻まれる。それを見たティーダには確信に近いある思いが浮かんだ。
もしかして……
「しかしですね、彼には心に決めた人がいるそうです。」
「え?」
「この間、話しをする機会がありそこらを探ってみました。するとイクト君には小さな頃からずっと想っている人がいます。その想いは強く軽い気持ちの私が入り込める要素はありませんでした。」
「それって……」
誰の事かと聞こうとする前に
「イクト君の幼馴染みはユイナ様と同じ名前でユイナと言うそうです。」
ボッと音が聞こえそうな程ユイナの顔が赤く染まった。
「……まさかなんですが、もしかしてもしかするんですか?」
「何が?」
顔を反らしながらユイナは言った。
「失礼ながらイクト君の幼馴染みのユイナってユイナ様の事では?」
ユイナは何も答えない。
「さっきからおかしいなとは思ってたんですよね。聞いてくる事もそうですし、イクト君の事を知っているっぽいですし。」
「……」
「その様子ではイクト君に惚れてますよね?」
ユイナは真っ赤な顔で視線をティーダから反らしている。
「あー、両想いか。なるほどナルホド。城を抜け出してイクト君に会い色々と教えていた。と。だからイクト君は他の冒険者と違ってずば抜けていたのですね。」
「……何が望みですか?」
「いえ、私は別に。それにここで王族の方に怨みを買う気はありませんよ。それにそこのメイドさん。何やら怪しい雰囲気ですし。」
ファナを見るとその手にはいつの間にかナイフが握られていた。
「それに王族が特定の冒険者を贔屓しても構わないと私は思います。実際に貴族にはお抱えの冒険者がいる事も多いですし。」
「ユイナ様、やはりここは……。」
「そうね。それが良さそうね。……ねえ、ティーダさん。あなた、私に協力する気はない?」
「協力?ですか。」
「そう。あなたの言うように私はイクトの事を前から知っているし、正直に言ってイクトと結婚したい。現状では私の結婚相手と認められるとすれば他国の王子か、国内の有力貴族となるわ。そんなの御免よ。私はイクトが良いの!イクトじゃなきゃ駄目!それにはイクトに王族と結婚に相応しい功績が必要になる。そう、イクトには英雄になって貰うのよ!」
「確かに爵位を持たずとも英雄と呼ばれるようにまでなれば王族との結婚も可能となるかもしれませんが……。」
それがどれほど困難で険しい道のりとなるのだろうか想像もつかない。
「そうですね。あなたも思っているでしょうが、それは実現不可能とも思える険しい道のりでしょう。けれど不可能とは思いません。その可能性を少しでも上げる為にあなたに協力をお願いしたいのです。」
そう言ってユイナは頭を下げた。後ろではファナも同様に頭を下げている。
「そんな!?私は王族の方に頭を下げられるような人間ではありません。」
「いえ、私はお願いをする立場です。私はイクトを英雄にする為には何だってします!」
ユイナは必死に訴えかける。その瞳は真剣そのものだ。
「……私だって担当する冒険者の幸せは応援したいとは思います。けれど、だからと言ってイクト君だけを贔屓する事は出来ません。」
「そうですか……。まあそれはそれで構いません。贔屓までする必要はありません。ただ、イクトには私ユイナ ユータランティアがついている。それだけ気にして貰えたらいいです。それと、もしイクトに悪い虫が着きそうな場合に連絡をくれれば……ファナ、あれを」
「はい。」
ファナが何処からか1本の瓶を取り出した。
「ふおぉぉ!?それは!」
それを見たティーダが即座に反応した。
「お分かりになるのですか?流通はしてない筈なのですが……」
「王公貴族の間でのみ取り引きされている果実酒ですよね!知ってます!」
これの存在については噂されているのは知ってますが、彼女はどうやって瓶を見ただけでそうと分かる知識を手にしたのでしょうか?
「これをあなたに差し上げます。」
ユイナがそう言うと
ダンッ
と音を立てティーダが膝を床につき、両手を祈るように掲げ
「うっしゃああ!」
喜びに奇声を上げた。
その姿にユイナとファナは早まったのでは?と感じたが時すでに遅し
「もう!それが貰えるのなら何でもします!イクト君を贔屓だろうと何でも!あ!でもギルマスにバレるようなヤバい案件だけは無しで。」
そう言いながらもファナの持つ瓶に手を伸ばしていた。
「私の事はティーと呼び捨てにして下さい。」
その言葉に引きながらも
「有力な情報や働きに応じては追加の報酬も出すわ。」
「もうバッチリと任せて下さいよ。必ずイクト君を英雄にしてみせますよ。」
余りの変わり身に本当に大丈夫なのかと心配になるユイナとファナだった。
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