第1話 イクトとユイナ

 「姫様、ダンスの稽古の時間です。」


 扉がノックされ、中に入ってきた侍女がそう告げた。


 「分かりました。今行きます。」


 あれから10年の歳月が過ぎた。幼い頃に城を抜け出してイクトと会っていた私は


 この稽古の時間が終わればしばらく時間が空くから早く終わらせて城を抜け出すわよ!早くイクトに会いたい!もうイクトしゅきしゅき!


 すっかりイクトに惚れ込んでいた。時間を見つけては城を抜け出しイクトに会いに行く。そんな生活がすっかりと定着していたのだ。


◇◇◇◇◇◇◇

 「イクト!」

 城を抜け出した私が向かうのはイクトがいつも鍛練をしている広場。

 いつもの場所で直ぐにイクトを発見する。そんな私に気付いたイクトが剣の素振りを止めてこっちに手を振った。

 だいぶ前からやっていたのだろう。イクトの上半身は裸でその筋肉質な体を余すことなくさらけ出している。その姿を脳裏に焼き付けつつもイクトの元へと駆け寄る。


 「ユイナ。会えて嬉しいよ。今日も可愛いね。」


 さらっとそんな事を言うイクト。彼は宣言通りに私への好意を隠そうともしない。

 そんなイクトの言葉にキュンキュンしながらも


 「いよいよ明日ね。」

 「そうだね。」


 明日はイクトの15歳の誕生日。

 この世界では成人として扱うのは18歳だが冒険者として登録が可能となるのは15歳からだ。多くの冒険者を目指す子供は15歳になると冒険者ギルドへ行き冒険者登録をする。


 「いよいよ冒険者になるのね。」


 ユイナは複雑な気分だ。冒険者となれば少なからず危険が伴う。

 しかし彼女の目的の為にはイクトに冒険者として頑張って貰わないといけない。


 「そうだね。まあ、そうは言っても18歳までは街での雑用だ。本当の冒険者となるのは18歳になってからさ。」


 そう言って笑う。


 「近所のカイトなんかは雑用を嫌がって18歳になってから登録するって言ってたけど。」

 「え?それって……。」

 「ユイナから聞いた事をカイトには教えていない。」

 「どうして?」

 「あいつは人を見下したりするから。ちょっとは思い知らせないとね。僕も君に教えて貰わなければ知らなかったままだもんな。F級からのスタートする15歳での登録でも雑用をこなせば18歳にはD級になれるなんてさ。」


 15歳でなれるF級は街の中での雑用しか受けられない。そして18歳で登録した場合はE級からスタート出来る。それゆえに18歳から登録する人間も多くいる。

 15歳で登録した者は大体3ヶ月程でE級に上がる。すると街の外の採取系の依頼は受ける事が出来るが18歳になるまでは討伐系の依頼は受ける事が出来ない。

 ここに落とし穴がある。採取系の依頼でもそれなりにこなしていけば18歳にはD級に上がる事が可能なのだ。

 E級とD級では冒険者としての仕事も収入も大きく違う。

 それもそのはず冒険者はD級となってやっと一人前とされているのだ。F級やE級ではまだまだ初心者扱いだ。

 E級からD級へと上がるのに討伐依頼をこなしていてもだいたい1年はかかる。18歳で登録した場合はD級になる頃には19歳だ。


 それじゃ間に合わない。


 イクトはそう考えていた。イクトはユイナに惚れている。結婚を真剣に考える位に。

 そしてそれを申し込む条件として理想はC級、ベテランとされるランクに上がりたい。交際を申し込むのにもD級となってからだと考えていた。


 ユイナは綺麗だから油断していたら他の男に狙われるだろう。


 そうならない為にも早く立派になって彼女の両親にも認められる存在とならないと!

 

 その為にも少しでも早く冒険者ランクを上げないとな。


 そう考えながらユイナの事を見つめていると

 「イクト?あまり見つめられると恥ずかしいのですが……。」

 「え?あ!ごめん。ユイナがあまりに綺麗だからさ。」

 その言葉にユイナは更に顔を赤らめた。 


 もう!イクトったらキュンキュンしちゃうじゃない。


 「冒険者になったらクエストを頑張ってこなすよ。」

 「そうなると今みたいには会えなくなるわね……。」

 「そうだね。けど、頑張ってなるべくユイナに会える時間は作るさ。」

 「え?それって……。」


 もしかして交際の申し込み?


 「君と会えない日はまるで雨の日のように憂鬱な気分になってしまう。君は僕にとって太陽さ。」

 「あら、だったら常に私が一緒にいたら?」

 「そうなれば僕はいつでも幸せだろうね。その為にも頑張って冒険者ランクを上げないとね。僕は君を幸せにしたい。だからなるべく早く一人前になるからそれまで待っていて欲しい。」


 イクトが真っ直ぐに見つめながらそう言った。その言葉に


 あーもう!今すぐにでもイクトを抱きしめて全身でくまなく感じたい!もうしゅきしゅき!大好き!


 「うん。待ってる。」


 その考えをおくびにも出さずに潤んだ瞳でユイナはそう応えた。

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