地獄

@spoon4

第1話

ここは地獄なのか?

彼はそう感じた。目の前で自分に投げかけられる罵詈雑言。それをぶちまける兄と父と母がいる。今までたまってきた鬱憤をここぞとばかり吐き出し、その姿を見て鬼のように見え、彼は思わずそう感じた。

彼は高校を中退し、働こうともせずに親のすねをかじり続けて早三年になる。彼はその三年間無意味に過ごしてきたわけではない。彼は彼なりにどうにか働こうと、普通になろうと努力した。

彼は人間には優劣があるということが、この三年間で打ち出した結論だった、そして、その優劣というのが人からの評価によって決まるのだと言うことも。生産性と言っていいかもしれない。人間は生まれてから育つにつれて社会に適応することを矯正されるが、上手に適応できれば優れていて、適応できなければ劣っている。そして、劣っている人間には価値がなく、すぐさま自殺するか、優れた人間になるか以外に選択肢はない。彼はこの選択をこれまで何度も付きつけられ、頭から離れなくなり、三年間ずっと考え続けた。だが、彼からすればこの選択をするのが恐ろしく、これまでズルズルと先延ばしにしてきた。まず、優れた人間になろうとして、これまで上手く行った経験がない。頭が悪いのか、勉強もまったくできず、どれだけ机にかじりついても精々中の下の成績を取るのが関の山だった。運動もできず、人と関わることが苦手で、学校でも孤立していた。この現状をどうにかしようと焦り、クラスの人気者を観察すればその生態の意味不明さに戸惑うだけで、何の収穫も得られず、より焦りを深刻化させるだけだった。彼はまるで演劇を見ているようであった。自分は観客席に座っていて、彼らがテストで八十点九十点を取り、みんなから好かれている様子を、ステージの上で繰り広げていて、自分は観客席から「何だこのくそつまらない演劇は」と思い、席を立つかどうか悩むが、あのステージの上に上がりたい、皆に混ざりたいという人恋しさを捨てきれず、かといっていくら演技の練習をしても全く身につかず、ずっと傍目から彼らを軽蔑と羨望の混じった目で見ているだけだった。

そして、自殺だが、これは単純に勇気が足りない。これまで死に救いを感じることは何度もあり、もう死のう。生きていたって蛇足だと何度も思ったが、やっぱり躊躇してしまう。

彼は遂に高校を出ていった。もっと別の方法で立ち向かおうとした。このまま一向にらちが明かない。さっさとここから出ていき、もっと別の方法を探って、社会に貢献でいる方法を別で探そうと思い立ち、高校を辞めた。学歴をいくら積み重ねたって、学歴がなくても、むしろそう言う人が時代の寵児になる例を何度も見てきた。それになる他に道がないように見えた。

それを止めようとしてくれていたのは家族だった。だが彼はそれを振り切って、父と大喧嘩をして、三年間経った今でもまともに口も利かないまま過ごしているぐらい修復困難な関係の崩壊を招いた。

彼は小説を書いていた。小説を執筆し生計を立てることが目標だった。

彼は朝起きるとまず机に向かってパソコンのキーボードを叩く。これは調子がいいときは二千文字書けたが、調子が悪いと一文字も描けなかった。また、展開や設定に悩み、それだけで数か月間を費やすこともままあった。彼は面白い小説を書こうと思い、罪と罰だったり、一九八四年だったり、世界的名著を読み漁り、これらから売れるために必要な要素を学び取り、盗もうとした。しかし、最近の現代本などは全く読もうとしなかった。

そうして盗んだものを机の上にバーッと並べ、一つ一つを丁寧に自分の作ったオリジナルに取り入れ物語を作り上げた。そうして、出来上がったものを、親に読ませると大抵自分の想像していたリアクションは帰ってこなかった。違和感を抱きながら応募してみる。が一次選考は通っても二次選考で落ちる。彼はその度に何が違ったのかと間違い探しに追われた。

彼はついに小説にではなく、絵に手を出し始めた。小説を書くことを辞めたわけではないが、世界的に有名な絵をスマートフォンの背表紙にして、そこから何かを学び取ろうと毎日見つめ続けた。

そうして何か手掛かりっぽいものを掴めても、それを小説に取り入れても、そうして作ったものは大抵が評価されなかった。

そして何より一番致命的だったのはこれらの作業が苦痛で塗れていた事だ。苦しくてしょうがなかった。やろうと思うだけで最低な気分に沈み、重いため息が零れた。体に鞭を打って何かに追われるように小説を書いた。

何度も辞めてしまおうかと考える。実際もう二度と書かないと筆を放り出したこともある。だが、書かないまま一週間時間が経つと、不安になって新しく筆をこしらえて書き始めた。

何より小説を執筆せず生活を営もうとすると、いよいよ絶望的で、それこそ犯罪に手を染めなくてはいけないと思った。または別の方法を探すか。どれだけ隣の芝が青く見えようが、すぐに引き返せた。

だがその小説も三年間で全く評価されず、彼は焦り、怯えていたのである。彼はもう夜な夜な苦痛と恐怖に塗れ、発狂しかけたことさえ何度もある。

ある日、彼は誕生日で、食卓を取り囲み、ケーキをフォークで食べて話をしていると、父に自分の将来のことを指摘され、それが発端だった。家族は流れでこれまでために溜めた鬱憤を相手に吐き出している。

「一体いつまでお前はそうしているつもりだ? 三年間でお前は一体何をした。小説は書いても売れず、親の脛ばっかりかじりやがって。お前は三年間を無駄にしたんだ」

もう誰の声かわからないけれど、誰かが物凄い憎しみをこめてそう言う。

「もういい。こんなことを続けても意味はない。無意味な時間だ。俺達が甘やかし過ぎたんだ。さっさと出ていけこのクソ野郎!」

彼はそう言い、兄と父に腕を掴まれ家を放り出された。

十一月の十五日の寒い夜の日だった。息は真っ白だった。家にある上着すら着させてもらえず、彼はどうにか一人で生計を立てなきゃいけなくなり、追いつめられ、これまで過ごした家を離れていく。夜の闇に吸い込まれていく。

そして二度と帰って来なかった。

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