第10話 希望の亀
「この亀型モンスター、殺さない方が良いわ」
俺が作った洞窟から出てきたレンが、リビングタートルへの攻撃を止めにきた。
レンの後ろに、続いてカノンも。
「や、やめた方が……良いかも」
「なんで?っていうかコイツ。俺達を襲ってこないな」
目の前に人間が三人も固まっているのに、リビング・タートルは襲うでも気にするでもなく悠然と歩いている。
俺達を素通りして、そのまま何処かに行く雰囲気だ。
「この……リビング・タートル。ひょっとしたら、出口迄連れていってくれるかもしれないわ」
「マ、
ついつい、声が大きくなってしまう。
レンとカノンが耳を塞いだ。申し訳ない。
「た、多分ね。だから、とりあえず倒さないで欲しい。それと―――」
「?」
「色々と複雑な気持ちなのは察する、けど。もう二度と、モンスターを呼び寄せる様なあんな危険な真似はしないで」
「あ、ああ」
「やるならせめて、一人の時にして」
「……すまない。解った」
確かに。隠れてもらったとは言え、護るつもりだったとは言え。関係ない二人を、危険に巻き込んだ事に変わりはない。
謝る事しかできない。
気まずい雰囲気が流れる。
「ね、ねぇ……行っちゃう。早くしないと」
「ハァー。そうね」
「ちゃんと解った。もうしない。本当に、申し訳なかった」
カノンの言葉を聞いて、俺を見ながらレンは溜息を吐く。俺は二人にもう一度、しっかりと謝る。
「解ったわ。それじゃあ。あのリビング・タートルに、出口まで連れていってもらいましょ」
「ああ」
「でも、その前に」
レンが周囲を見渡した。
「これ。どうするの?」
周囲には、俺が【異空間収納】で回収し損ねたドロップアイテムが散らばっていた。
「どうするも何も。流石にこれを全部回収する暇なんて、そんな時間ないだろう。捨てていくよ」
ドロップアイテムよりも出口が、ダンジョンから出る事の方が優先だ。
「それなら、私達の方で回収はやっちゃうけど。問題ない?」
「いや、アイツ行っちゃうだろう」
俺はリビング・タートルの方を指差した。
いくら動きが鈍いとは言え、あの大きさだ。一歩が大きい。
この数のドロップアイテムを回収なんてしてたら、流石にどこかへ行ってしまうぞ。
気配も他のモンスターに比べると変だし、あの大きさなのに今迄俺は出会った事がなかった。
相当、
見失ったら、また見つけられるかどうか怪しい。
「良いから、任せて」
「……ん」
そう言って、レンはカノンと手を繋ぐ。カノンは手を繋いだと同時に、【異空間収納】を展開した。
「【
レンが
ダンジョンの天井に届く程に、壁から壁まで届く程に。
それを使って、スキャンでもする様に。ドロップアイテムが落ちている場所を【異空間収納】が通過すると、落ちていたアイテムは全て見事に回収されていった。
「よしっ。これでオーケー」
「凄いな」
一瞬の出来事に、レンの
「【
「あ、ああ」
呆気に取られていた俺を正気に戻す様に声をかけ、レンとカノンはリビング・タートルに向かって進み出した。
俺もその後に、置いていかれない様についていく。
「コイツが何で、出口への希望になるんだ?」
リビング・タートルの足元まで来た俺は、レンに尋ねる。
「このダンジョンに入る前。どんなモンスターがダンジョンに生息しているか調べていた時に、見た事があるのよ。日記みたいな本で。その本も古い本だったけど、さらに古い本を写本したやつだったわ。姿は書いてなかったけど、多分コイツの事だと思う」
「……ん」
「どんなモンスターなんだ?」
「本に書いてあった内容は―――」
『私が生きて帰ってこれたのは、あの亀のおかげだ。とてつもなく大きな亀。ダンジョンの奥深くで出会った私は、あまりの大きさに恐ろしくなり幾度も魔法を放った。しかし攻撃は亀には何一つとして通用せず、私は丸呑みにされた。私は死んだ。そう思った。しかし、死んではいなかった。そして、目を疑った。私の目の前には、人が快適に生活できる環境が整っていたからだ』
『亀の体内であろうあの場所で生活を始めて、何日経っただろう。キッチンに風呂にトイレ、ベッドまで完備されていて。生活が普通にできていた。食料は使用したとしても、気づけば補充がされている。ダンジョンの中で、ここ迄快適に過ごせるとは思っていなかった。自分の家よりも快適だった』
『これが亀に食べられて消化されている間に見せられている夢だとしたら、そんな考えもあった。恐怖も苦痛もなく、死ねるのなら。何とも優しい殺し方をしてくれる亀だな、と』
『亀の体内には丸い小窓が二つついており、その窓からは外の様子が覗けた。偶に覗く窓からは時折、この亀よりも大きいモンスターが通過していった。私はダンジョンのあまりの恐ろしさに、この亀の中から一生出たくないと。ここで死ぬまで生きれたらと、願う様になっていた』
『よくよく観察してみて解った。窓から時折見えていた亀より大きいモンスター達は、見覚えがあるモンスター達だったのだ。不思議に思い周囲もしっかりと観察してみると、どうやらこの亀の方が小さくなっている様子。確信したのは、他の人間を見かけた時だった』
『ここから脱出する方法が解らない。他の人間を何度か見かけ、助けを求める為に何度も脱出を試みた。だが、どうする事もできなかった。私はどうやら一生ここで、死ぬまで生活するしかないのだろう。あの日に願ってしまった手前、複雑な気持ちだ。私を此処に閉じ込める事が、この亀にとっての食事なのかもしれない』
『いつもの様にベッドに入り眠ると、次に目が覚めた時にはダンジョンの外の世界にいた。私は、病院にいたのだ。話を聞くと、私はダンジョンの入り口付近に倒れていたらしい。他の人が救助してくれたおかげで、今に至っていると教えられた。救助してくれた人にはお礼を述べ、亀の話をした。けれど、私以外には何もいなかったと言われた』
『どうやって亀の中から出られたのかは、未だに解らない。可能性として一番高いのは、私は亀に吐き出されたのだろう。では何故、吐き出されたのか。しかもダンジョンの入り口付近で、タイミング良く。私はこう予想する。食べられた時、私はダンジョンから脱出したいと心底願っていた。亀は、そんな私の願いを叶えてくれたのだと思う。本当の真実は解らない。ただ、どうであれ。私はあの亀に感謝している。だから、この後に続く探索者達にお願いをしよう。巨大な亀のモンスターを見たとしても、見逃してやってほしい。手を出さないでやってほしい。これが、私ができる亀への唯一の恩返しだ。ああ。亀の名前が解らない事が、記せない事が、悔やまれる』
「だったかな。どこからどこまでが本当なのかは解らないけれど、私はその亀の正体がコイツだと思う。甲羅の横の部分に、丸い窓みたいな模様が二箇所あるし。カノンはどう?」
「私も、そう思う」
二人はリビング・タートルを見上げながらに言う。
確かにレンの言う通り、甲羅の横には丸い窓に似た模様が二つある。しかしそれはどう見ても、窓には見えない。模様だ。
マジックミラーみたいにでもなっているのか?
考えていると、レンがさらに話を続ける。
「正直、私達は出口が解らない。貴方程、強くもない。だから貴方がいなくなったら、私達は間違いなく死ぬわ」
その言葉に、カノンの顔が曇る。
「そしてシンさんも、ダンジョンの出口を知らない。生き延びられる強さがあるから、シンさん一人ならここでも生きていけるとは思う。それにいつか、ダンジョンからも出られると思う。けれどこのまま三人で行動をすればいつかきっと、全員が危険な状況になると思う。だから、シンさんがどうするかは任せる。けど私達は、残された本とこのリビング・タートルに、希望を託してみる」
レンの眼からは強い意思が感じられた。
カノンも、顔は曇っているがレンの手を強く握り締めている。
リビング・タートルは俺達の事情なんてお構いなしに進んでいく。
「俺ならいつか、ダンジョンから出られる。か」
レンがそう思うのに対して、俺がそうは思えないのは。レンが思う以上に、俺がダンジョンを彷徨っているからだろう。
「解った。俺も一緒に行く」
二人が外に出る為に命を賭けるなら、俺だって命を賭けるさ。
君達よりもずっと前から、外に出たいと願っていたんだから。
覚悟を決めて、リビング・タートルの前に三人で並ぶ。
「ところで、どうすればコイツに丸呑みにしてもらえるんだ?」
「それについては当たりを付けているから、任せて。カノン、お願い」
「うん」
返事をすると。カノンは魔法を放つ為か、魔力を力いっぱいに体内に込め始めた。
それに合わせて、リビング・タートルの視線がこちらへと向く。
次の瞬間には、その大きな口が俺達を呑み込んだのだった。
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