第2話 身嗜み

 俺は手に入れたばかりのドロップアイテムである新鮮なモンスターの肉を引き千切り、パクッと口に放り込む。

 噛みごたえはバッチリだ。


「この味にも慣れたもんだ。毎回思うけれど、せめて焼くくらいはしたいんだよなぁ」


 そうできない理由は単純明快。

 今の俺は手元に、火を起こす道具や燃やせる物がない状態。

 それどころか、一つのアイテム以外は何も持っていないのだ。

 ちょっと前に手に入れた骨のアイテムですら、棍棒として使い続けていたらへし折れたので捨ててしまった。


 唯一残している黒い毛皮のアイテムは、人間男性の弱点であるイチモツを守ってくれている。

 露出の最低限を守ってくれている。


 要するに、今の俺はパンツ一丁パンイチ

 

 よって、肉を焼く事はできない。

 火は何とかすれば起こせない事もないだろうし、その火でパンツを焼けば肉を焼けない事はないだろう。だけど、一回限りの限定だ。

 それなら毛皮には、是非ともパンツとしての機能の方で頑張っていただきたい。


 生肉は毎回刺身でいただく事にしている。直ぐに傷んでしまうから、手に入れて直ぐの時にしか肉は食えない。

 この環境で食える物があるだけ有り難いのだから、贅沢は言えないし言わない。


 生肉。更に付け加えるなら、モンスターの生肉。

 生肉そいつを初めて食べた時やまだ体が慣れていなかった頃を、今でも度々思い出す。軽くトラウマになっているのかもしれない。


 今では体も慣れたのか、大丈夫になっているけれど。あの頃は激痛が腹部から全身にかけて徐々に広がっていき、かなり苦しんだものだ。何だか懐かしい。

 能力スキルで胃を、身体を、強化しまくって何とか耐え抜いた。俺はあの痛みを、ずっと忘れない。


 きっと正しい手順や下処理さえすれば、あんな事にはならなかったんだろう。

 俺にそういった知識はなかった。


 それでも。人間生きる為には食わなければいけないのだから、仕方がない。


 過去を振り返りつつ生肉で満たされた腹を撫でてから、俺は洞窟の隅に岩を掻き集めて積上げていく。洞窟だから、手頃な岩はゴロゴロ落ちている。

 岩で簡易のバリケードを作り、その中で軽く昼寝をするとしよう。


 迷子になって時間はかなり経過した。そのおかげ?もあって?今では焦ったり慌てたりと、焦燥感を抱く事は無い。

 焦らず根気強く、脱出を諦めない為にも。しっかり休みは取れる時に取らなければ。


 綺麗に積み上げたバリケードの内に入り、後は出入り口を塞ぐだけ。

 その時だった。


「―――」


 何かが聞こえた気がした。

 近くにモンスターの気配はない。


「気のせいか?」


 念の為、バリケードから上半身を出して耳を澄ましてみる。


「―――」

「こいつは……。人の声かっ!?」


 間違いじゃないだろう。

 モンスターの声は唸り声以外、聞いた事がない。


 仮に。万が一モンスターの唸り声を人間の声と聞き間違えたのだとしても、人間の可能性が少しでもあるのであれば直ぐ様そこへと向かうべきだ。

 ここへ来たのであれば、その人間は出口までの道のりを知っている可能性があるのだから。


 大望の、ダンジョン脱出のチャンスがきた!


 俺は積み上げた岩を乗り越える事もなく身体で吹き飛ばし、勢いよく駆け出した。


 聞こえてきた声までは距離がある。が、強化した俺なら直ぐに到着できる。


 声の感じからして、モンスターに襲われているのだろう。

 頼むから、俺が行くまで死なないで欲しい。間に合ってくれ。


 俺は自然に流れる様に。更に【自己強化】を強く重ねがけして、目標まで真っ直ぐにダンジョンを駆けていく。


 幸い、向かう道中にモンスターはいない。


 俺は一気に駆け進む。

 その間にも、万が一の考えだけは巡らせておく。


 助けに入ったは良いが俺が倒せないモンスターだった場合、それなら声の主を担ぎ上げて一気に逃走するのみ。一瞬でも、どうにかして不意をつけば逃げ切る事くらいならできるだろう。

 いや、違うな。安全な場所まで絶対に、その人間そいつを連れて何としても逃げきってやる!


 決意を強くすると、声がした場所まではもう直ぐそこ。


 先にある気配も、はっきり解る距離。

 全部で五つ。


「二つが人っぽいな。残り三つがモンスターか」


 俺が気配を察知できる様になったのは、迷子になってからだ。

 今では気配の雰囲気で、モンスターだと察知するのはお手の物。

 しかし人間の気配というものに関してはどんなものなのか、気配が解る様になってから人間と出会った事が無い為解らない。


 俺は感じた事のない気配はモンスターではないと、人間だと信じて行動する。

 もしそれが自分の知らない未知のモンスターだったのならば、瞬時にぶち殺すか逃げるだけだ。


 走りながら、道中に落ちている投擲にちょうど良いサイズの石ころを三つ拾う。


「見えたっ」


 やはり。感じた気配、五つの内の三つはモンスター。

 残り二つは……。大当たり!人間だ!


 壁際に二人。

 一人が一人をかばう様にして、モンスターに立ち向かっている。


 更に運が良い。襲っている三体のモンスターは、慣れ親しい顔馴染みのモンスターの一種。

 何度も見た事があるし殺した事がある、物理攻撃が有効な恐竜型モンスター。


 俺は魔法が使えない。だから魔法攻撃しか通用しないモンスターは倒せない。

 その場合は対抗する手段が無い為、逃走するしかなかったのだが。アイツらは苦手なタイプじゃなく、相性バッチリの相手だ。

 一安心。


 アイツらなら、問題なく殺せる。


 まだ距離はあるけれど、問題ない。ハズレないし、ハズさない。

 俺は勢い良く。思いっ切り。三体のモンスター目掛けて、拾った石ころを投げつけた。

 手加減は一切しない。


 ドスドスドス。


「クルァ」

「ゲェリュ」

「ピェッ」


 ほぼ、同時。


 投げつけた石ころは見事に恐竜型モンスター全てに命中、貫通した。

 その一撃でしっかりと息の根を止められた。三体共、姿が霧状になって消滅していく。


 後に残ったのは、ドロップアイテムが一つ。小さい牙が残されただけ。

 二体がハズレ。

 何もなし。

 運がない。


 しかし最大の大当たりを引き寄せた俺にとっては、そんな事はどうでも良い。


 俺は勢いそのままに、壁際の二人に近づき声をかけた。


「おい。大丈夫か?」

「「きゃぁぁぁぁー!」」


 二人の人間は……女性だった。


 その目の前に突如として現れた、パンツ一丁パンイチの男。

 叫ばれるのは仕方がなかった。


 うん。


 髪はボサボサで長く、髭も伸びている。行動の邪魔にならない程度に多少は整えてはいるものの、こいつは不審者待ったなしか。

 こういう時の為に、身嗜みはもう少し整えておくべきだったか?まさか人間に会えるとは思っていなかったからな。

 まあでも、最低限。パンツは履いているのだから大目に見てもらいたいところ。俺にだって事情がある。


 冷静にそんな事を考えていると、女性の一人に剣を突きつけられた。


「それ以上近づくなっ!露出型モンスター!」


 いやいや、露出型って。流石にそんなモンスターはいないだろう。

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