The World -混ざりました、異世界-
之
第1話 心の余裕
不意に、答えの出ない考えが過った。
「あれからどれだけ経ったんだか」
“洞窟型”のダンジョンと呼ばれる迷宮を探索していた俺は、
一人になり、一体どれだけの時間が経過したのだろう。今ではもう予想もできない。
因みに、
一緒に探索にきた何十人もの人達は、ただの寄せ集めの集団だったから。俺もその内の一人として来ていただけ。
知り合いもいない。
だから、俺の
だから誰かが気にしてくれているかもとか、捜索してくれているかもとか。そんな他の人によった助かる希望や可能性なんて、まずないだろうと。少しも期待はできなかった。
“迷ったら動かずに、助けを待つ事”。そんなセオリーは助けに来てくれる人がいてこその言葉だろう。
俺は一人で、自分の力で、ダンジョンを脱出するしかない。誰も当てにはできないと、出来うる限りの力で行動すると決めた。
ダンジョン内部は壁が仄かに光っている。少し明るい程度で、視界が良好とは言えない。
そしてダンジョンに棲む、モンスターと呼ばれている生物が、怪物が、敵が、何かが、いつどこから自分を殺そうと襲ってくるのかも解らない。
それが、ただひたすらに恐怖でしかなかった。
「死にたくない!死にたくない!」
迷子になってからの俺は、ただ生き残る事だけを考えていた。時間の流れなんて気にしている場合じゃなかったんだ。
そのはずなのに。
時間の流れを不意に気にする事ができたのは、生き残る事以外の余計な事を考えられる様になれたのには、正直驚いた。
無意識に左手を握っては開き、握っては開く。
怯えながら何とか生き延び様と行動していた最初の頃と比べると、ちょっとした変化だったけれど。それが随分嬉しく思えた。
「だいぶ、余裕ができたのかもな」
俺はいつの間にか、ダンジョンにいても常に恐怖する事がなくなっていた。
考えてみる。
予想として、上げられる一番の理由はこれだろう。
今現在も。ダンジョンで迷子中なのには変わりがないし、状況が良くなったとは言えない。外に出られる希望が見つかったという訳でもない。
そこは未だに何の変化もない。
けれど視界は慣れ、一番の恐怖の理由となっていたモンスターが今となってはそこまで怖くなくなっている。
環境やモンスターに慣れた事が、生命の危機を感じる事が少なくなってきた理由だろう。
おかげで、心に余裕が持てる様になったんだと思う。
だからといって、油断は勿論していない。
岩の上に座って休憩を取りつつ考え事をしていても、通路の奥からこちらに向かってモンスターが近づいてきている気配はしっかりと把握している。
俺はモンスターが確認できる距離にまできたところで、立ち上がった。
「おっ。お前か」
「グルルルル」
現れたのは牛型モンスター。
剥き出しの牛頭骨に脚が八本。胴体には黒い靄がかかっていて、どう見ても異形の牛の幽霊にしか見えない。
俺も最初の頃は幽霊だと勘違いし、逃げ惑ったのを憶えている。
今では幽霊ではなくモンスターで、物理で倒せると解っているし。
「ちょうど小腹が減ってきたところだ。肉、落としてくれよな」
「グルァッ!」
その言葉が合図になったのか、牛型のモンスターは俺に向かって猛スピードの突進を繰り出してきた。
モンスターは倒せばアイテムを
俺は食糧となる肉がドロップする事を祈りながら、自身の
【自己強化】を。
「オラァッ!」
「ブルモォッッッ……」
牛型モンスターの突進にタイミングを合わせ、その牛頭骨に強化した拳を叩き込む。
綺麗に頭骨の中心を捉えた結果。牛頭骨は粉微塵に砕け散り、牛型モンスターは霧状になって消滅していった。
このモンスターは比較的倒しやすい。目立つ頭骨の部分を粉々に砕いてさえしまえば、あっという間に倒せる。
ただ体部分の黒い靄が消えるまでは骨を粉々にしないと消えないし、骨の部分はめちゃくちゃ硬い。さらに下手な壊し方をするとどんどん的である部分が小さくなるし、骨の残り方次第だと複数体に分裂してしまい厄介になる。
それでも、弱点が露出しているんだから難易度的には楽な部類だろう。
何度も闘ってきた俺にとっては、今のモンスターは最早楽勝。
【自己強化】で自分自身を強化して戦う戦闘スタイルの俺にとっては、相性が良いモンスター。
数も結構いるみたいだから、落し物はハズレだったけど落胆はしない。
俺は牛型モンスターが消えた場所に落ちていたドロップアイテム、脚の骨一本を拾い上げてそいつでポンポンと肩を叩く。
「さて、と」
気を取り直して、先へ進もう。
腹が減って動けなくなる前には何か食糧は欲しいところだが、まだ小腹が減った程度。一先ずは食糧探しよりも、本来の目的であるダンジョンからの脱出を優先させていく。
出口の探索を再開。
ダンジョンの外の世界。昔住んでいた場所やご飯の事を、俺は少しずつ思い出しながら進んで行く。
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