図書室で向き合って

 森は昼休みも含め、遅刻した体育を除くすべての授業で居眠りをした。やはり学力を重視しない学校方針のせいか、どの授業も教科書通りのことしかしなかったのだ。中には練習問題を解いている最中に見回りをして、机に突っ伏している彼を起こす先生もいた。彼は、そういう先生に多大な嫌悪感を抱いた。

 やがて放課後になり、生徒たちが帰宅したり部活動に行ったりするようになった。この時間、森は決まって図書室に入り、本棚をくまなく探し回って面白そうな小説を見つけては、学習スペースで読むようにしている。

 この日はなんだか、いつもよりも体育着の生徒が多いような気がして、騒がしい気配を感じずにはいられなかった。だから、より深くおカタい思考に落ち着けるような純文学や新書を中心に漁った。その結果、分厚く、威厳をもって棚に身構えている小説を手に取ることになった。

 別に、これは彼の愛読書ではない。森は長編小説を理解できるほどの思考力を持ち合わせていなかったし、そもそも読み切るだけの気力や体力も持ち合わせていなかった。しかし、そういった難しい作品を理解しようと集中していれば、図書室の外に立ち込める騒がしい雰囲気をスルーできると考えたのだ。

 森は本文を追いながら、浮かんでくる風景や人物像を捉えようと努力した。浮かんでくる人物像は一般の高校生だったり、更年期を迎えたキャリアウーマンだったり、あるいはスライムのようにネバネバしていて、生命体なのかどうかさえ分からないような存在だった。しかしそれらの言動や行動が織りなすストーリーは非常に精巧に作られていて、社会批判のようでもあり、弱者の味方をするようなものでもあったりした……ような気がした。何しろ、自分のイメージするシーンが作者の意図と合致しているのか、自信がないのだ。

 そんな自分を、兄貴と慕うクラスメイトが何人かいる。スポーツで目立つ訳でもなく、学力テストの成績が頭抜けて良い訳でもない。おまけに、忘れ物はよくするし登校時間に遅刻することもしばしばある。

 ただ、ここで読書をし、自分なりの世界観を作り上げているだけで、同い年の生徒たちが勝手に弟分になるのだ。

 頭の中で作り上げた世界観を、目に見える形に残したこともある。1冊の小説と、7曲が録音されたCD1枚だ。

 出来上がった時の喜びが火山のように噴いて、図書室に置いてもらったり、放送室に駆け込んで昼休みに収録曲を流してもらったりもした。許可が降りた時、自分は世界で一番幸せだとさえ思った。

 しかし、いざ自分が読者・聴衆となって作品群を見つめてみると、驚くほどに出来が悪かった。詰めの甘い部分が存在することが後悔の念を生み出し、さらに大きく育てていった。関係性は不明だが、森は今までに、誰からも作品の評価を受けたことがない。

 なぜあれだけ喜んでいられたのか、自分の何が幸せなのか、さっぱり分からなくなった。

 今の自分が、兄貴としてふさわしいとは思えなかった。ただ授業態度が悪く、生活態度もズボラなだけの男子に決まってる。そんな奴をよくも慕ってくれるなぁ。もしかして、兄貴という言葉は建前で、その深層にはズボラな自分に対する強烈な皮肉が込められているのでは……?

 目が疲れてきたので一度本を閉じ、窓の外を眺めた。

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