第10話 親友と特別



冷え込む日が増えてきた。


結仁は、いつものように一人で朝の支度をする。

部屋の窓から見える景色は、紅葉が色づき始め、季節の移り変わりを感じさせる。


朝の静けさを破るように、スマートフォンが鳴り響いた。

画面を見ると、永野涼からのメッセージが表示されている。


<「おはよう、今日は一緒に登校しない?」


という簡潔な文面が、涼らしい。

結仁は少し微笑んで、返信した。


<「もちろん、すぐに出るよ。」


マンションのロビーを出る。

公園を越え住宅街に入る。

小さな交差点で待っていると、涼が現れた。

爽やかな笑顔を浮かべ、軽く手を挙げて挨拶する。


「おはよう、結仁。さすがに寒くなってきたなぁ。」


「おはよう、涼。ほんとだな。もうそろそろコートの出番かと思ったよ」


結仁も笑顔で返す。

二人は学校までの道のりを歩き始めた。



涼との会話はいつも楽しく、心地よい時間が流れる。


学校に到着すると、志穏が迎えてくれた。


「おはよ〜、結仁、涼。今日も頑張ろうね〜。」


「おはよう、志穏。もちろん、今日も一日頑張ろー!」


涼は笑顔で応じる。


三人はいつものように教室に向かい、授業の始まりを待つ。


「ねね、結仁、涼!あのテレビの特番!見た〜?」


「見た見た!あれまじでさー…」


そんな他愛のない会話をしていると、すぐに始業の時間になった。


授業が始まり、時間が経つにつれて、結仁の集中力は途切れ途切れになってきた。


(あ〜。やべー、眠い…)


涼と志穏が隣の席で楽しそうに小声で話しているのを横目で見ながら、結仁は身体を起こして自分のノートに目を落とした。


突然、涼が小さな紙切れを結仁の机に滑らせた。

そこには


(放課後、ちょっと出掛けよーぜ)


と書かれていた。


涼と志穏を見ると結仁をみてにっこりと笑っていた。


放課後、結仁は涼と志穏と共に学校を出た。


「さて、どこに行くの?」


結仁が尋ねると、涼はにやりと笑って答えた。


「結局授業中寝てた人が、なんか言ってるよー(笑)」


「ほんとだ〜。なんか言ってる〜(笑)」


結仁はつんつんと二人に人差し指で腕を刺される。


「うるせーな。眠かったからしょうがないだろっ」


(寝ていいとは思ってないが…!)


結仁は嫌そうな顔をして言った。


「まあまあ、今のところは秘密だよ。でも、きっと結仁と志穏なら気に入ると思う」


涼の案内で三人は商店街を抜け、小さなカフェに到着した。


カフェの入り口には、紅葉のリースが飾られ、静かな雰囲気が漂っていた。

涼がドアを開けると、中から心地よい香りが漂ってきた。


「ここ。俺のお気に入りの場所なんだよ。最近見つけたんだけど、すごく落ち着けるんだよ」


三人は窓際の席に座り、それぞれの飲み物を注文した。


涼はアイスコーヒー。

志穏はココア。

結仁はカフェラテ。


頼んだ飲み物がそれぞれに行き渡ると結仁はカフェラテを一口、口に含む。


カフェラテの暖かさが、冷えた体をじんわりと温めてくれる。


結仁はカップを置くと、ふと窓の外を見る。

風に揺れる紅葉が美しく舞っていた。


「いい場所だね、涼。」


結仁が感謝の意を込めて言うと、涼は満足げに微笑んだ。


「そうだろ?やっぱり気に入ると思った!たまにはこういう場所でのんびりするのもいいと思ってさー」


「うん、本当に素敵な場所だね〜」


志穏も同意する。

三人はしばらくの間、カフェの温かい雰囲気に包まれながら、それぞれの話題で盛り上がった。


突然、カフェの入り口から見覚えのある人物が入ってきた。


結仁の心臓が一瞬止まりかけたが、すぐに落ち着きを取り戻した。


そこにいたのは、茉白だった。

結仁たちに気づかないまま、カウンターに向かい、何かを注文している。


「東雲様だね。」


涼が小声で言った。


「東雲様、いつも一人でいるよね〜。可愛いな〜!」


志穏は微笑を浮かべながら答えた。


「でも、きっと彼氏いるんだろうなー」


涼と志穏はニヤニヤと話している。


その瞬間、茉白がこちらに目を向け、軽く会釈をした。


結仁も会釈を返し、涼と志穏も同じように応じた。


「うわぁー!会釈しちゃったよ〜」


志穏は顔を覆って嬉しがる。


「やば!挨拶されるとはね!」


二人は静かにキャッキャと喜んだ。


「多分、お前らの話が聞こえたんじゃないか?」


結仁は興味無さげに答えた。


「結仁、なんか怒ってるよ〜」


「それはいつもじゃね…?これ多分興味無いフリして興味あるやつだろ…」


「あ〜確かにそうかもね〜…」


時折結仁のことをチラチラと見ながら、ヒソヒソと話している。


「あのな?全部聞こえてるからな?」


結仁は二人に呆れて言った。

涼と志穏は声を出しながら笑う。


すると茉白は再びカウンターに戻り、品物を受け取って帰って行った。


「さあて、気を取り直して。」


涼が明るく言った。


「今日の話題はなんだっけ?あ、そうだ、次の週末にみんなで出かける計画を立てようとしてたんだった!」


志穏に問いかけたと思ったらすぐに結仁を見つめて言った。


「いいね。どこに行くんだ?」


結仁が尋ねると、志穏も楽しそうに話を続けた。


「紅葉狩りとか、温泉とか、いろいろあるよね〜」


志穏が言いながら思いに深けていた。

そういえばと思い立ち、結仁が口を開いた。


「週末って、その後すぐテスト期間じゃないか…?」


涼と志穏が笑顔のまま固まる。


忘れていたようだ…。


結仁はやれやれと頭を掻きながら、


「今週末、勉強会にしないか?」


二人の表情はまだ固まったままだ。

溜息をついて、


「分かった。じゃあ、俺の家で勉強会した後にゲームとかして遊ばないか?」


二人の表情はやや明るくなり、


「「……なら、そうする。」」


と声をハモらせた。


温かいカフェの中で過ごす時間を満喫した三人。


会計を済ませ、カフェを出た。


「じゃあ!今週末は結仁の家でゲーム〜!」


「おうよー!」


先程の暗かった表情と変わって外に出ると元気に二人は言った。


そんな気の変わり様に結仁は面白くなり微笑んだ。


涼と志穏はそれぞれの家の分かれ道で別れると、結仁も家へ真っ直ぐに帰って行った。




結仁は家に着き、扉の鍵を開ける。


寒さで指が凍えながらも鍵を仕舞い、ドアノブに手をかける。


扉の内側で、こちらに向かって走る足音がする。


扉を開けると、少し服と息を乱した茉白が立っていた。

結仁はそんな茉白をみて微笑む。


「…上田くん。おかえりなさい!」


茉白は結仁に笑顔を見せて言った。


「ただいま。東雲。」


結仁は静かに扉を閉める。


涼が言ったような彼氏などは、茉白にはいない。

不器用な上、浮いた話など微塵もない。


でも、そんな茉白はこんなにも愛らしい存在なのだと慢心し、いつも通り今日一日が過ぎていった。


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