第6話 突拍子




結仁は茉白に微笑みかけながら、床の物を整理し始めた。


茉白も気を取り直して、再び片付けに集中した。


ベッドの下から出てきた新品の靴を整理し、たたまれた服をクローゼットに戻していった。


「凄い綺麗になってく…。こんなに手際よく片付けられるなんて、信じられません」


茉白は綺麗になっていく部屋を眺めながら感謝の気持ちと嬉しさが混じった声で言う。


「そうか、俺は一緒に片付けられて楽しいよ」


結仁は微笑む。


寝室の片付けも終わり、最終確認を済ませた。


その後、二人はリビングのソファに座り、少し休憩を取った。


「上田さん、改めてお礼を言わせてください。本当にありがとうございます」


茉白は真剣な表情で丁寧にお辞儀しながら言った。


「気にしないで。それに、俺も楽しかったから」


結仁は素直に答えた。


すると茉白は急に立ち上がり周りを見渡す。


「なんか…私の部屋じゃないみたいです!」


余程達成感を感じたのか口角を緩ませながらなんとも言えない顔をしている茉白。


「ある程度物の定位置は決まったし、東雲だけでも片付けは楽に出来ると思う」


結仁はホッと息をついた。

茉白は珍しい物を見るような眼差しで部屋を見て回っている。


雰囲気をキラキラと輝かせながら見て回る姿はまるで好奇心旺盛な天使のよう。


「まぁ、まずは服のたたみ方だな」


茉白はピクっと震えると固まった。

結仁は、はははと笑いながら茉白の後ろ姿を見つめる。


それとなく時間が過ぎると


「私、上田くんに貸しを作らせてばかりで、、。上田くんも何かあったらすぐに言ってくださいね」


茉白は不満気にまた心配そうに言った。


「もちろん、頼るよ。東雲も、何かあったらいつでも言ってくれ。頼られるのは嫌いじゃないんだ」


結仁は力強く答えた。


午後の穏やかな陽射しがリビングの窓から差し込み、部屋を柔らかく照らしていた。


茉白はキッチンからお茶とお菓子を持ってきた。


「どうぞ、上田くん。お茶と一緒にどうぞ」


茉白はお菓子を差し出しながら微笑んだ。


「ありがとう。じゃあ、いただきます」


結仁は一口食べて、その美味しさに感動した。


「すごく美味しいよ。それにこのパッケージ。良いお菓子でしょ」


「はい。用意しておいて良かったです」


茉白は嬉しそうに答えた。


二人はしばらくお茶を楽しみながら、結仁が思い出すように尋ねた。


「そういえば、さっき見たクローゼットの奥の大きな箱、あれは何が入っているんだ?」


茉白は一瞬戸惑ったような表情を見せたが、すぐに箱を手繰り寄せて見せた。


「これは…昔の思い出の品なんです」


茉白は箱の中から一枚の写真を取り出した。それは幼い頃の茉白と彼女の家族が写った写真だった。


結仁はその写真を見て、茉白の過去に触れることができるような気がして胸が温かくなった。


「家族写真なんだな。それに東雲、すごく楽しそうに写ってる」


結仁は優しく言った。


「はい、この写真は特に大切なんです。でも、最近は家族と色々あって連絡することが出来なくて…」


茉白は寂しそうに言った。


「そうなんだ。でも、茉白がこうして元気で頑張ってるのを見て、ご家族もどこかできっと喜んでるよ」


結仁は励ますように言った。その言葉に、茉白の表情が少し和らいだ。


「ありがとうございます。上田くんのおかげで、少し気持ちが軽くなりました」


茉白は感謝の気持ちを込めて微笑んだ。

すると虚を見つめ少し沈痛な顔つきで口を開いた。


「…きっと、どこかで…ですよね…。」


結仁は静かに茉白を見つめる。


「やっぱりなんでもないです。ごめんなさい、変な話をしてしまって」


茉白は誤魔化すように言った。


「…いや、そんなことないよ。でも、話したくなったらいつでも言ってくれ」


結仁は優しく微笑んだ。


夕方になり、部屋の中に長い影が落ち始めた。

結仁はふと、夕食のことを思い出した。


「そうだ、夕飯はどうする?一緒に食べないか?」


結仁は提案した。


「それは…嬉しいですけど、実は…」


茉白は少し申し訳なさそうに小さく呟いた。


「冷蔵庫の中、何かあるか見せてもらうな」


そんな茉白に気づかず、


「失礼しまーす」


茉白の冷蔵庫の中を見る。


「…?あまり食材は置いてないなとは思ってたけど、冷蔵庫の野菜室まですっからかんだとは…」


そう言いながら茉白の方を見る。

床にペタりと座り込んでいる茉白は気まずそうに目を逸らし、可愛らしく小さな口の下唇を食みながら動揺していた。


「…おい、東雲。日頃何食べてる?」


ピクっと動くと金眼の瞳を左右にわちゃわちゃと動かしながらトーンがいつもより上がった声で


「いやっ?じ、自分で作った料理とかっ、食べてますしっ、?!…あっほらあの時のお粥とかっ?!」


明らかに動揺している。

分かりやすい…。


(でも、本当に日頃何を食べているんだ…?)


結仁は頭の中で整理をする。


家電や調理器具が新品同様…

冷蔵庫に買い溜めすらない…


つまりは、何かの買い食い…?


「東雲。日頃インスタント食品とか手間のかからない食べ物ばかり食べてんじゃないだろうな…?」


結仁は茉白に近づいて目を細めながら言った。


少しばかり静寂が続き、やっとの思いで茉白が首を静かに縦に振る。

結仁は茉白の肩を掴むと、


「…バカ。不健康にも程があるだろ…。まさかずっとそんな食生活…」


呆れたように言った。

茉白はしゅんとなりながら頷く。


はぁっと溜息をつきながら結仁は、


「俺の家に来ないか?俺が料理を作るから」


結仁はニコッと笑って提案した。


「でも、上田くんにまた迷惑をかけるのは…」


茉白は上目遣いをしながらためらった。


「全然迷惑じゃないよ。それに、そんな食生活続けるくらいなら俺の料理食えよ」


結仁は力強く言った。


「ありがとうございます。…では、お言葉に甘えて」


茉白はちょこんと頷いた。


「じゃあ、何が食べたい?」


「…いやっ、今日上田くんが作ろうと思っていたので良いですよっ」


「そうか、わかったよ」


結仁と茉白は結仁の家に向かった。


結仁の家に着くと、彼はキッチンに向かい、早速料理の準備を始めた。


「さて、何を作ろうかな」


結仁は冷蔵庫を開けながらつぶやいた。


「…。」


茉白はカウンターキッチンの仕切りにちょこんと腕を乗せ、結仁の様子を伺っていた。


「東雲、今日は肉じゃがだ」


結仁は茉白に笑いかけて言う。


結仁は黙々と料理を作り出す。


すると、ダイニングテーブルに突っ伏している茉白が口を開く。


「私実は…今料理学んでいる最中で、あまり得意じゃないんです」


茉白は少し恥ずかしそうに答えた。


「そっか、じゃあ一緒にやろう。こっち来いよ。俺が教えるから」


結仁は優しく言った。


茉白は結仁の指導を受けながら、少しずつ学んでいった。


二人は協力して夕食の準備を進め、次第にキッチンには肉じゃがの温かい香りが漂ってきた。


「できた!」


結仁は満足そうに言った。


「すごい、上田くん。本当に料理が上手ですね」


茉白は感心したように言った。


「東雲も手伝ってくれただろ。ほら、座って。それじゃあ、いただこうか」


二人はテーブルに並べられた料理を前に、笑顔で食事を楽しんだ。


結仁は茉白の前に座り、穏やかな夕食の時間を過ごした。


「まさか東雲が料理出来ないとはな。でも、お粥だけは作れるんだな…」


苦笑いで結仁は呟く。


「お粥だけしか作れなくて何が悪いんですかっ…!」


ぷくっと膨れながら茉白は強く言った。


「お粥も立派なお料理ですっ!」


そんな茉白は肉じゃがを小皿に取りわける。そしてホクホクのじゃがいもを頬張り、今にもとろけそうな顔で美味しそうに食べている。


茉白を見て結仁は微笑む。


「東雲。明日から俺の家来いよ。嫌だったら良いが、そんな食生活続けられたら心配になる」


結仁が茉白を見つめて真剣に言った。


「…ありがたいんですが…。あの、良いのかなって…」


茉白は俯きながら箸を置く。


「…?」


茉白はモジモジしながら言った。


「…私、ここに居て迷惑じゃないですか…?」


上目遣いをしながら、こてんと首を傾けて言う。


何を言い出すかと思ったら…。

結仁は呆れた感じに笑った。


「迷惑じゃないよ。逆にいて欲しいくら位だ。こんなに料理作っても残すだけだし」


茉白は白い歯を見せながら飛び切りの笑顔を見せて言う。


「ありがとうございます!これからたくさん頼りますねっ!」



やっぱり、不器用。でも、はかとなくいじらしい。


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