第5話 お手伝い



「じゃあ今日はありがとう。おやすみ。」


結仁は玄関に向かう茉白の背中に投げかけた。


「…はい!ゆっくり休んでくださいね。おやすみなさい。」


くるりと振り返って笑いかけて言った。

甘い匂いを振りまく。

その姿はさながら一輪の花の様。


茉白が家を出る音がした。

途端の静寂に微笑む結仁。


(東雲さんがいないだけでこんなに部屋に彩りが無くなるんだな)


今日あったことを思い返しながら眠りにつく。




-------





目を擦る。


(ふぅー…よく寝た…。)


朝特有の清々しい陽気とカーテンから指す眩しい陽の光が結仁の首元を照らす。


そんな微睡みの中、結仁はゆっくりと目を覚ました。

体調は、茉白が作ったお粥や付きっきりの看病のおかげでだいぶ回復したようだ。


休日の窓の外は晴れ渡り、心地よい秋の風がカーテンを揺らしている。


(体調良くなったし早速茉白の家を手伝いに行くか)


結仁はベッドから起き上がり、身支度を整えた。


汚れても良いようなシンプルなジャージ姿を上下で揃え、家を出る。


茉白の家の扉前まで来たが、結仁は連絡していなかったことに気づく。


(あっ…。連絡…、急な訪問になってしまった…)


さすがに茉白に悪いと思ったが、ここまで来てしまっては…。


(いや、あの東雲さんの事だ)


片付ける準備しているかもしれない。


まあいいかと思い切って、インターホンで呼び出す。


すると中で、


(ドタン!!トットットッ…バタバタ)


何やら、騒がしい…。

と少し扉が開く。


扉からひょこっと茉白の顔を覗かせる。


「上田さん、おっ…おはようございますっ…!体調良くなったんですね。随分と早いこと、」


薄群青に光沢し少し乱れている純白髪をした茉白が少し焦ったように笑顔で扉に隠れている。

仄かにナチュラルな甘いシャンプーの香りがした。


「おはよう。…急で悪かった…よな…?」


結仁が苦笑いで申し訳なく言う。


「いえいえ…!私が取り付けた用事なので」


そう言うと、茉白は玄関から出てきた。


彼女は少しばかりサイズの大きいヒラヒラとしたパジャマ姿で、いつもの学校で見た大人っぽくも儚げな可愛さを醸し出す姿とはまた少し違った、いたいけな可愛らしい印象を受ける。


結仁は彼女の新しい一面に少し驚きながらも、微笑んで答えた。


「あのさ、昨日はありがとう、おかげでだいぶ元気になったよ」


「それは良かったです。でも、病み上がりなので無理はしないでくださいね」


首を傾け、少しズレた襟元を直しながら笑顔で言った。


「本題に移るけど、今日東雲さんの家を手伝うってことでいいのか?」


結仁が尋ねると、茉白は少し緊張した表情で頷いた。


「あっ…はいっ、ぜひお願いしたいです。見ていただけたと思うんですけど、整理整頓が苦手で…。私の部屋、お恥ずかしながら本当に散らかっていて…」


「わかった。片付けるからには本気でやるぞ」


と意気込むと茉白はやる気に満ちた顔付きで扉を開けようとした。


咄嗟に結仁は


「ストップストップ!まず、男に見られたらいかんものは一箇所に隠しておけよ?!それに、作業しやすい服に着替えてこいよ…」


目を逸らして照れくさそうに言う。

茉白も何かを思い出したかのように顔が火照り出す。


「…そっ、そうですね!分かりました…。すこし、時間を頂いても…?」


結仁はこくりと頷き、茉白は足早に部屋に戻っていった。


暫くするとカジュアルな作業着をまとった茉白は先程とは変わって整った純白髪を靡かせて結仁を招き入れた。


よく見渡すと部屋の中はシンプルなインテリアだが、服や小物、書物などが散らかっているのが目立つ。結仁は一瞬戸惑ったが、微笑んで答えた。


「うわぁ、確かに少し散らかってるな。でも大丈夫、これくらいならすぐに片付けられるよ」


「あはは…」


茉白は少し恥ずかしそうに笑う。


「じゃあ、まずはリビングだな。手分けして片付けよう」


二人は手分けしてリビングの片付けを始めた。


「掃除する時はエアコンの上とか上から下にしていくと効率が良い。それから物は定位置を決めると整理整頓しやすいぞ」


淡々と茉白に言った。


結仁はまず天井照明に溜まった埃や塵を拭き取り、ソファの上に散らばったクッションやブランケットを整え、床に置かれた本や雑誌を本棚に戻していった。茉白はダイニングテーブルの上に積まれた書類や小物を整理し、埃を払った。


「上田さん、本当に片付けが上手ですね」


茉白は床に散らばった服をたたみながら感心したように言った。


「まあ、昔からこういうのは得意でね。東雲さんも、少しずつ覚えていけば大丈夫だ」


結仁は優しく励ました。


「ありがとうございます。頑張りますね」


茉白は笑顔で答えた。


「と言うか、東雲さん…。それ、洋服たたんでるつもりか…?」


茉白は崩れ気味にたたまれた洋服を見て、きょとんと首を傾げながら困ったように言った。


「たたんだつもりでしたが…、ダメ、でしたか?」


そんな茉白を見て放っておけなくなり、


「…わかった。俺がたたむよ」


結仁は微笑ましく言った。

なんとも変なところが不器用な人だ。


ある程度片付けを続けていると、ふと結仁が尋ねた。


「ところで、東雲さんって、家ではどんなことしてるんだ?」


茉白は少し考えてから答えた。


「そうですね…勉強や読書が多いです。でも、最近はお料理にも興味が出てきて、色々試しています」


勉強と読書か…。

流石、学年1位…。


「へえ、料理を」


「はい、けど上田さん程じゃないですし、あまり自分で作らないので」


茉白は微笑んだ。


「いやいや、俺もそれほどじゃないし。でも、今度は一緒に料理を作ってみるのもいいかもな」


結仁の提案に、茉白はキラキラと目を輝かせた。


「本当ですか?ぜひお願いします!」


「あ…。と言うか、私、上田さんに頼んでばっかり…」


と茉白は口を覆いながらモゴモゴと喋った。


「全然。逆に頼ってくれて嬉しいよ」


結仁は茉白に言い笑いかけた。


そんな感じで二人は和やかに話しながら、リビングの片付けを終えた。


次に、キッチンの整理に取り掛かった。


キッチンでは、まずシンクに溜まっていた洗い物を片付けることから始めた。結仁は手際よく食器を洗い、茉白は洗い終えた食器を拭いて棚に戻した。次に、カウンターの上に散らばっていた調味料やキッチンツールを整理し、使いやすいように配置を変えた。しかし、家電や調理道具は手入れが行き届いているのか新品同様で、特に手のつけ所は見つからなかった。


「上田さん、本当に手際がいいですね。いつもこんなに綺麗にしてるんですか?」


茉白は感心したように言った。


「まあ、なるべくな。散らかってると気になるんだよ」


結仁は誇らしげに答えた。


「確かに!昨日使わせていただいた時、作業しやすかったです!」


しばらくしてキッチンも綺麗になり、二人は満足そうに頷いた。


「これでリビングとキッチンは終わったな。次はどこを片付ける?」


結仁が尋ねると、茉白は少し考えてから答えた。


「次は私の寝室をお願いしたいです。あそこも散らかしてしまってて…」


「了解。じゃあ、寝室に行こうか」


二人は茉白の寝室に向かった。


寝室もリビングやキッチン同様に散らかっていた。ベットの上には綺麗に並べられたぬいぐるみ達とは対称的に服や雑誌が山積みになっており、クローゼットにはハンガーに掛かりきらなかった服が詰められ、床には一箇所に制服とバックが置かれていた。


「まずはベッドから片付けようか」


結仁はそう提案し、ベットの上の物を一つずつ整理していった。茉白もせっせと手伝いながら、服をたたんでクローゼットにしまい、雑誌を本棚に戻していった。


「上田さん、本当に助かります」


茉白は恥じらいながらも感謝の気持ちを込めて言った。


「気にしないで。これくらいならすぐに片付くよ」


結仁は微笑みながら答えた。


しばらくして、ベットの上の物はすべて片付き、次に床の物を整理することにした。結仁が床に置かれた制服をハンガーに掛け直しベットの近くにあったラックに引っ掛け、バックは作業机の上に置いた。

その時、茉白は椅子に乗りクローゼットの中から大きな箱を取り出そうとしていた。


「あ、それはちょっと重いだろ。手伝うよ」


結仁が手を差し伸べた瞬間、茉白がバランスを崩して倒れそうになった。


「ひゃっ…」


「東雲っ!危ない!」


結仁は咄嗟に茉白を支えようとし、二人の身体が近づいた。その瞬間、結仁の顔は茉白の胸に押し付けられ、抱き抱えるように茉白の下敷きになり倒れ込んだ。


その時、結仁は茉白の柔らかい感触とほのかな甘い香りを感じた。


「あっ…す、すみません!」


茉白は顔を赤くしながらすぐに結仁から離れた。

結仁も少し照れながら答えた。


「いや、俺は大丈夫。大事にならなくて良かった」


「いえ、本当に助かりました。ありがとうございます」


茉白は恥ずかしそうに言ったが、二人の間には少しの静寂に温かい空気が流れた。


「ってか、俺呼び捨てに…」


「全然、呼び捨てで大丈夫ですよ。私も上田くん呼びにレベルアップします」


茉白は火照ったまま意気込んでそう答えた。


「さん付けもくん付けも変わらないじゃんか」


結仁は呆れるように笑った。

茉白は嬉しそうに笑っている。


完璧なんだか、不器用なんだか、そんな彼女にいたいけな感覚を覚え始めた。


どうやら、そんな東雲茉白を助けることが結仁にとって今はとても楽しく、本心ではお堅い性格の裏、不器用で可愛らしい本性が見えつつある茉白にもっと気を許して欲しいみたいだ。


茉白の頬の赤みが消えないまま、結仁は再び片付けを再開した。


「じゃあ、東雲。もう少し続けようか」


結仁が優しく微笑んだ。


「はい!」


茉白も笑顔で答えた。


その笑顔には、先程の恥ずかしさを忘れるほどの明るさがあった。

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