第3話 ささやかなハプニング
翌日。
ここ最近は段々と残暑も消え、涼しくなってきている。
結仁はいつものように学校へ向かった。
茉白とのやり取りが頭を離れず、昨日の出来事が心に残り、彼は何か変わったような気がしていた。
教室に入ると、親友の涼と志穏が待ち構えていた。
「おはよう、結仁!」
涼が元気に声をかける。
「おはよう、結仁。この前のこと、もっと詳しく聞かせてよ〜」
と志穏がニヤリと笑う。
最近の二人はまだこんな感じだ。
結仁は苦笑しながら、
「もう、そんな前のことはいいから」
と言った。
「あれって本当にただの偶然だったの?」
と涼が詰め寄る。
「何度も言ってるじゃんか。そうだよ。ただの偶然。…でも昨日、お礼をもらったんだ」
と結仁は素直に答えた。
二人は、ほほぉと言わんばかりの顔つきで、
「お礼?何もらったの?」
志穏が興味津々で聞く。
「手作りのお菓子だよ」
と結仁が答えると、涼と志穏は驚きの表情を見せた。
「すごいじゃん!東雲様の手作りお菓子なんて、羨ましい!」
と涼が声を上げる。
「涼。うるさい。」
結仁が吐き捨てるように呟く。
「それで、お味はどうだったの?」
と志穏が尋ねる。
「美味しかったよ。正直、びっくりするくらい美味しかった。さすが、完璧超人さんはすごいや。」
と結仁は笑顔で答えた。
二人の友人は結仁の話に驚きながらも、彼の表情が少し柔らかくなっていることに気づいた。
その日の授業が終わり、結仁は学校を後にした。家に帰ると、再びドアに小さなメモが挟まれているのに気づいた。
「明日少しお話出来ませんか?ロビーで待ちます。」
と、この前と同じ丁寧な字で書かれていた。
結仁はメモを手に取り、ふと上の階を見上げた。
(東雲さんがまた書いたのか)
と思い、微笑んだ。
わざわざ茉白が家の前に来てはメモを挟んでいると考えると、なんだか可愛らしく思えた。
しかし、もう関わることがないと思っていた結仁は、話があると告げているそのなんとも言えない価値を秘めた紙切れに疑問を抱きつつ、部屋に戻るのであった。
--------
次の日。
(頭…痛ってぇ…。)
昨日、掛け布団を被らずに寝たせいだ。多分。
季節の変わり目の風邪に弱いのはさすがの自分事。
もう慣れたことだ。
(まあ今回も大丈夫だろ。それに何かあったとしても明日からは土日で休みだし。とりあえず支度しないと。)
そしていつも通りの支度を済ませ、結仁は学校へ向かった。
体調は万全ではないが、どうにかやり過ごせるだろうと自分に言い聞かせた。
教室に入って席に着くと、涼と志穏がいつものように待っていた。
「おはよう、結仁。…?どうした、どうした。ちょっと顔色悪いけど、大丈夫か?」
と結仁の異変にすぐ気づいた涼が心配そうに聞く。
「おはよう。大丈夫だよ。ちょっと寝不足なだけ」
と結仁は軽く答えたが。
「本当に大丈夫か?あんまり無理するなよ。毎日、結仁はなんか考え込んでることが多い気がするしさ」
と涼が真剣な表情で続けた。
結仁は涼の気遣いに感謝しつつも、
「いや、本当に大丈夫だよ。ただ、ちょっと季節の変わり目で体調崩しやすいだけだから」
と笑顔を見せた。
涼は納得したように頷き、
「そうか。まあ、何かあったら遠慮なく言えよ」
と力強く言った。
「ありがとう、涼。そう言ってもらえると心強いよ」
と結仁は感謝の気持ちを込めて答えた。
志穏も心配そうに見つめながら、
「無理しないでね、結仁。体調管理は大事だよっ」
と結仁の背中を叩きながら優しく言った。
結仁は二人の優しさに触れ、少し元気を取り戻したようだった。
そんな朝を迎え、それとなく授業を受ける。
刻々と時間は過ぎ、帰宅の時間になった。
しかし、結仁は朝に比べて結仁はハッキリと体調が優れないのがわかるほどになってしまった。
「おーい…。結仁ー。大丈夫かー???明らかに顔色悪いぞー(笑)」
涼が茶化しながらも心配そうに言い、涼と志穏が駆け寄ってくる。
志穏も、
「結仁、やっぱ無理しちゃダメだよ。今日は早く帰って休んだ方がいいよ。それに明日、明後日で休みだからゆっくり休んで」
と心配そうに言った。
「わかった。ありがとう、涼、志穏。今日は早めに帰るよ」
結仁は少しふらつきながらも、二人に感謝しつつ学校を後にした。
フラフラと帰宅していると、マンションのロビーで茉白と鉢合わした。
「上田さん、こんにちは。来ていただけたのですね。」
と茉白が声をかける。
結仁はビシッと構え直し、
「こんにちは、東雲さん。今日も元気そうでよかった」
と結仁は自分から咄嗟に出た言葉に可笑しく思いながらも微笑んだ。
(そうか、昨日ロビーに来いってメモ…。まあ会えたからセーフ…。)
すっかり忘れていた…。
結仁は偶然にホッとしていると、
「いつも体調悪そうみたい言わないでくださいよ。」
少しムッとなる茉白。
「でも上田さんのおかげです。本当にありがとうございました」
と茉白は微笑みながら感謝の意を述べた。
「気にしないで。それに、この前のお菓子、本当に美味しかったよ」
と結仁が言うと、茉白の整った顔が少し緩んた。
「本当ですか?それならよかったです。もっと練習して、また作ってみますね」
と茉白は嬉しそうに言った。
「あぁ。楽しみにしてる。」
と結仁は微笑んで答えた。
すると、茉白は思い出したかように、
「そ、そういえば…。あの、助けていただいた日…、わっ、私の部屋、どうでした…?」
もどかしそうに振り絞って聞いている茉白。
どうって言われても…。
(あぁ、東雲さんは部屋のこと気にしているのか。)
正直に言うべきか、そんなに見てないし覚えていないと言うべきか…。
結仁は葛藤の末、
「そんなに見ないようにはしてたけど、少し散らかってたような…。東雲さんって完璧エピソードしか聞かなかったから、意外に感じたよ。」
少し苦笑い気味に答えると、茉白はエメラルドに光る金の瞳を潤わして恥ずかしそうにあたふたと早口で言った。
「だって…!上田さんが勝手に…。いや、そういう事じゃなくてですね…、んん…。あまり見ないでと言ったのに…。あ…、あと!私は完璧じゃないですっ!」
と息を切らしながら言い切った後に、
「だ、誰にも言ってないですよね…、?」
上目遣いで焦ったように聞く茉白。
この一連の流れ…正直、可愛気しかない。
(…。言って正解だったか…?)
少し微笑みながら、結仁は一息ついて、
「そこら辺は安心しろ。別に言うつもりはさらさらない。それと、勝手に上がったこと、悪かったな。」
すると、顔を赤らめながらも安堵した様子な茉白。
「いえ、上田さんがいなかったらどうなってたか…。感謝してもし切れないですよ。」
可愛らしい笑顔を見せたと思いきや、急に真面目な顔つきになり、
「上田さん、先程から思っていたのですが。大丈夫ですか?顔色が悪いですよ?」
と心配したように言う。
(バレないように隠していたのに…。)
結仁は少し驚いたが、誤魔化すようにゆっくりと立ち上がり
「俺は大丈夫。この通り。全然元気だよ。それじゃあ…」
結仁はガッツポーズを決め笑顔で去ろうとしたが、茉白が結仁の袖を摘む。
振り返ると、ちょこんと座った茉白の表情は変わらないままだった。
「そんなこと言わずに、頭を前に出してください」
結仁は言われるまま、
「…。こうか…?」
頭を前に突き出す。
すると、サッと茉白の白い綺麗な手が結仁の額に触れる。
柔らかく丸みを帯びている茉白の美術品さながらの手の形に加え、じんわりと冷たい感触。
結仁はその感触にぶるっと身震いをした。
「少しだけ熱がありますね、。このまま家まで送りますよ。この前の恩返しです」
「えっ、いや、大丈夫だよ…」
結仁は抵抗するが、茉白の強い意志に負けてしまう。
「いいえ、今度は私が上田さんを助ける番です」
と茉白はきっぱりと言い、華奢な身体ながらも結仁をしっかり支えながらエレベーターに向かった。
結仁の部屋の前まで到着すると、
「鍵貸してください」
茉白の急な言葉に息を詰まらせる結仁。
「え?家まで送るだけだって…」
「いいから出してください。放っておけません。」
決意に漲る雰囲気に負け、結仁は渋々と茉白に鍵を差し出す。
茉白は淡々と鍵を開け扉を開ける。
「致し方ありませんから今回の事は目を瞑ってくださいね。それでは、お邪魔します。」
そのまま寝室まで支えられ、結仁はベッドに横たわった。
「すぐに飲み物を用意しますから、大人しく寝て待っててくださいね」
と茉白は結仁の家を出る。
(こんな形で看病されるとは…)
結仁は少し恥ずかしく思いながらも、茉白の優しさに感謝していた。
茉白が飲み物や色々な物を持って戻ってくると、結仁にお茶を渡した。
結仁はお礼を言いながら一口飲んだ。
「ありがとう、東雲さん。助かるよ」
「いいえ、これくらい当然です。それに、お礼を言うのは私の方ですから」
茉白は微笑みながら答えた。その笑顔に、結仁は少し元気を取り戻したような気がした。
「なんか…、東雲さんがいてくれてよかった」
結仁は正直な気持ちを伝えた。
「そんなことないです。でも、上田さんが元気になってくれたら、それが一番嬉しいです」
茉白は優しく微笑んだ。
…どうやらこのまま看病されてしまうらしい。
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