第2話 感謝



翌日。


結仁はいつも通り学校へと向かった。

昨日の出来事が頭を離れないまま、結仁は朝の光の中、ぼんやりとした表情で歩いていた。



教室に入ると、すぐに親友の永野涼が彼に駆け寄ってきた。




涼とは高校の入学式からの友達で、もう半年以上行動を共にしている。

涼の他にも眞鍋志穏も同じくずっと一緒にいる1人だ。

なので、二人とよくつるむ。

今ではこの2人とは関わった時間は短期ながらも、もう親友だ。




活発でいつもうるさい涼が、今日はいつにも増してうるさい。


何があったのだろうか。


「おい、結仁!昨日、東雲様を背負ってたって本当か?」


と興奮した様子で言う。それも目を輝かせながら。


さすがに動揺を隠せなかった。


「…?!ぅえ?!、だっ…誰から聞いたんだよ?!」


と性に合わない震えた情けない声で言いながら、驚いた結仁。


「眞鍋が見てたらしいぞ。お前、何やってんだよ?!あの完璧な東雲茉白様と接点なんて、まさか!?」


涼は肩を組んで目をつぶりながら考える。


突然、カッと目を細めて


「ほほぉ…。お前も隅に置けねーなー??」


結仁を横目にニヤッとしながらイジる。


一体彼はどういう妄想をしたのだろうか…。

溜息をつきながら結仁は肩をすくめ、


「変な妄想すんなよ。ただの偶然だよ。彼女が倒れてたから助けただけだ。」


と冷静に答える。


「ふーん、彼女が…。((((ボソッ。それにしてもラッキーだな。東雲様と接点ができるなんて、にはできないことだぜ??」


涼にグイグイと肘で押される。


「わかったから!!頼むからクラスの奴らには広めんなよ?」


涼が、ハイハイと俺をなだめる。

念を押して言っていたその時、志穏が教室に入ってきた。

この話題になった主犯格だ。



彼女はいつも元気いっぱいで、男女問わず誰とでも話せる性格だ。



彼女もすぐに結仁の元に駆け寄り、


「おはよう〜、結仁。昨日のこと、詳しく聞かせてよ〜」


とニヤリと笑う。


「涼にも言ったが、ただ助けただけだって言ってるだろ。大したことじゃない。」


と結仁は少しムッとしながら重ねて言った。


「ふーん、つまんないの〜。それにしても、あの東雲様が結仁のことを覚えてたなんて驚きだよぉ〜」


と志穏の発言に食いつく涼。


「マジで?!すげぇーなー、結仁!てか志穏覗いてたのか?!」


「もちろん!こーゆーのは見届けないと…!」


誇ったように志穏が言う。


「志穏、天才かよ!!(笑)それじゃあさぁ、二人の物理的距離の近さ的に結仁と東雲様ってご近所だったりして(笑)」


涼の言葉に結仁の心臓が跳ね上がる。


そんな結仁を置き去りに続ける二人。


「有り得るかもね〜??(笑)」


ニシシと笑う二人。


始まった…。二人の妄想の世界…。


妄想と言っても、あながち間違ってない所もあるが…。


そんな事は置いといて…、


なんで志穏なんかにバレたんだか…。

誤解を解くのが大変なだけに面倒に思った。


(そんな対策までしっかりしたのに…。)


親友二人を落ち着かせながら、周りのクラスメイトには絶対言わないことを念を押して言いった。


(そういえば、東雲さんどうしてるかな)


と結仁はふと考えた。



昨日のことも相まって心配になり、涼と志穏にはトイレに行くと伝え、隣の教室を覗くなり茉白の姿を探した。


(見つけた。)


茉白はクラスの隅で静かに座っていた。


座っている姿も綺麗で、昨日のことなど嘘かのように思える可憐な表情を見せている。



立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花とはこの事。

もはや、彼女自身がそれを体現しているようにも見えた。



相変わらず周囲の目は茉白に釘付けで、話題は東雲茉白のことで持ち切りだった。


結仁の目が茉白に留まると、茉白も気づき、軽く会釈をした。


突然の彼女の笑顔に少しクラスが沸きだったが、誰に向けられたものかなど探りを入れる様子は無いようだった。


結仁は少し驚いたが、同じように軽く会釈を返した。


(元気そうでよかった。)


その日の授業が終わり、結仁は学校を後にした。

家の前まで着くと、ドアの前に小さなメモが挟まれているのに気づいた。


メモには、


「昨日はありがとうございました」


と丁寧な字で書かれていた。


結仁はそのメモを手に取り、ふと上の階を見上げた。


(彼女が書いたのか)


と思い、少し嬉しさを感じた。


(というか、俺の家いつ教えたっけ…?)


「まさかこんな形で感謝されるとはな」


と、結仁は一人で呟いた。





--------





数日が過ぎ、茉白との関わりは…


あるわけがなかった。



この前の様子からしても結仁は彼女があまりに完璧すぎて、自分とは異なる世界の人間だと感じていた位だ。


しかし、ある日の帰り道。

またしても茉白が結仁の前に現れた。


今度はマンションの前で俺を待っているかのように。


「…上田さん、偶然です…ねっ。少しお時間よろしいですか?」


と、偶然を装うように茉白が声をかけた。

もっとマシな話しかけ方はなかったのだろうか。


立ち話はなんだからと少し場所を移し、二人で近くのベンチに腰かけると、


「この前は本当にありがとうございました。それと、これ、お礼にどうぞ」


と、茉白は小さな包みを差し出した。


「あ、あとこれも、お返しします。」


あの時譲った入れ物だった。


「あの、その、なんと言うか、。」


茉白が何かを言いたそうに、金の瞳を輝かせた目を逸らしながらそわそわとしている様子。


考え事だろうか。と思ったのも束の間、


「あの…。これ、良かったですっ。」


「……?」


急な主語のない良かったです発言に俺は困惑した。

何が良かったのだ…?

すると、結仁が返事をする間もなく、


「とっ、とにかくですねっ…!これっ。」


と矢継ぎ早に言うと、小さな包と入れ物を前に突き出した。


「入れ物は東雲さんに譲ったし、それにそんな、お礼だなんて。気にしなくていいよ。」


と結仁は手を振るが、茉白は真剣な表情で


「どうしても受け取ってください」


と言う。


結仁は仕方なく包みと入れ物を受け取った。


「ありがとう。別に良かったのに。」


結仁は少し笑いながら言うと、茉白が


「ダメです。借りた借りはしっかり返さないと。と言っても、こんなのでは全然返し足りてないですけどね。」


と真面目に、でもどこか苦笑気味に言い返した。


(そんな事ないのに…。)


結仁は心の中で思いつつ、微笑。


茉白はせっかくだからといって、ここで包みの中を見てもらうよう結仁に言った。


その包みを開けると中にはお菓子が入っていた。


「これ、茉白が作ったのか?」


と驚きの声を上げる。


「はい、あまり上手ではないかもしれませんが」


と、茉白は照れくさそうに微笑んだ。


「いや、東雲様のような女神から手作りを貰えるとは、大層なこった…。」


結仁は冗談交じりに言うと、


「…?!様付けに女神呼びなんて、やめてくださいっ!私はそんなんじゃありませんっ!」


茉白は結仁を見上げながら、艶めいた色白美肌な頬を膨らまして可愛らしくムッとなった。


「悪い悪い、今度からはそんな言い方しないよ、」


と言うと、茉白は満足気に微笑んだ。


結仁はその微笑みを見て、心の中で


(この子も普通の高校生なんだな)


と思い直した。


エレベーターまで世間話を繰り広げ、結仁は自分の部屋の階に着くと、茉白に別れを告げた。


鍵を開け扉を開ける。

思い出すように結仁は茉白に貰ったお菓子を一口。


しっとりした生地に淡いほろ苦いさを感じる。


(このクッキー、焼きすぎかな。)


全部が完璧だと思っていた結仁とって、今日の出来事とこのお菓子は茉白という人間の甘さが滲み出た味だった。


微笑みが止まないまま、玄関を閉める。


完璧な彼女の裏にある、不器用で真摯な姿に少しずつ興味を持つ自分を感じた。


でも今度こそ他人。


こうして、結仁と茉白の奇妙な関係は少し深まったような気がしたが、「これからも」だなんて現実的では無い。


そんな事を考えながら、儚く夢に消えた。

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