水槽
古都 一澄
第1話 水槽の中からわたしはせかいを見渡すのだ。
夏がわたしを焼いている。わたしは、お世辞にも綺麗とはいえない、骨の歪んだ雨傘を乱暴に振り回す。雨は止んだから、もうこの傘は用済みだ。
暑苦しい空気を泳ぐように歩く。こんなにも外は暑いというのに、わたしの隣に立つ友達との距離感はまるで冬だ。同じ教室にいて、同じ学校に通って、同じ場所で呼吸しているというのに、きっと、名前しか知らないどこかのアーティストとの距離のほうが少しだけ温かいのだろう。だからわたしは、いつか友達にもらったキーホルダーを引き出しに終い、自分で買ったイヤホンを大事に抱え込む。
そうやって、わたしはわたしの周りを温かいもので埋めていくのだ。少しずつ温かい温度でわたしの囲いを作って、保守的に生きていくのだ。
そして、わたしは自ら独りを選びながら、時々、人間ってめんどくさいな、と思う。
お前は内に化け物を飼っている、とよく言われる。化け物とは何を指すのか明確にはわからないけれど、少なくともわたしは独りで生きていくことを望まれていて、そうすることで周りを不快にさせにくくなるらしい。どういうロジックかと聞いても周りは答えてくれなかったので、きっとわたしは知らなくてもいいのだと思った。それは、寂しさと呼ぶにはわたしとの距離が離れすぎていて、結局言われるがままになるだけだった。そして、わたしは誰かに望まれた生き方をすることで、わたしという実態を保っている。
独りで生きていくには未熟で未完成な子供だったし、誰かと生きていくには周りの本音を察せてしまうくらいには大人だったのだ。
わたしはこれからも、教科書を破り捨てて池に捨てるだろう。誰に指図されたものでもなく、教科書が可愛かったから池に落としたのだ、と言えるだろう。そうして、わたしはずっと悪魔だと罵られ続けていくのだ。
日傘を振り回して、わたしは誰かの目を抉る想像をしている。雨を集めて、誰かの心を流す想像をしている。見ず知らずの他人との温度で、誰かを焼き殺す想像をしている。
そうして、そんな想像をするたびに、その「誰か」に見知った人間を当てはめては罪悪感を感じるわたしのことを、わたしは優しい人間だと思うのだ。
わたしは、いかに自分が人間であるかを知っている。好んで独りを選び、好んで暴言を吐き、好んで誰かを傷つける癖に、その度にわたしの心は釘を刺されるように痛むから。
誰かを思いやれる感情がわたしの中には少なからずあって、それでも私は、皆から白い目で見られる生き方しか知らないのだ。
だからわたしは、早く誰かがわたしの死を望んでくれやしないものかと待っている。
そうすれば、今度こそわたしは正しい意味で優しい人間になれるのに、と。
時にわたしは、わたしの内側に住む悪魔について考える。その悪魔とやらはわたしが元々持っていて、生きていく中で「度が過ぎた不器用」として出力されただけなのではないか、と。もしかしたら、子供向けの王道アニメごっこをして遊ぶときに、わたしに悪役ばかりを押し付けたかつての大親友の影響なのではないか、と。そうやって考える度に、わたしは他責と環境要因の違いがわからくなって、どうしようもなくなってしまうのだ。
学校の校舎の中で水槽に囚われている金魚を見て、わたしは金魚の体温を考える。わたしとクラスメートの温度は冬。朝少し降った雨はぼろぼろのランドセル。上履きはゴミ箱のプラスチック。
赤や黒に身を任せた金魚は、わたしよりも生きるのは窮屈かしら。決められた場所で、自分の命を誰かに預けて生きていくというのは地獄かしら。それとも、彼らにとっての幸せは、天敵のいない場所で生かされることかしら。
わたしはぼんやりと空を眺める。
どんよりとした黒い雲の下で、天気なんて関係ない同級生たちはチャイムの音と同時に校庭に走る。ブランコのあるところまで競争ね、と呑気に笑う黄色い声が飛び交う。
わたしはゆっくりと自分のランドセルから自由帳を取り出して、まっさらな紙を丁寧に破り、そして、地面に捨てた。
水槽 古都 一澄 @furutoko
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