SS1-5. 夢見る枕は並行世界を見せる(ムツキとナジュミネ その5)

 この世界のナジュミネこと夢ナジュはナジュミネとほぼ同じだが、髪の長さだけがセミロング程度に短く切り揃えられており、ロングヘアのナジュミネに比べて、活発的な印象を与えている。


 質素ながらも真っ赤に染まっている彼女の着物によって、彼女は全身で炎を表してるようだった。


「お兄ちゃん? もう、どこ行ったの? お兄ちゃーん! いたら、返事してよー!」


 夢ナジュの「お兄ちゃん」という言葉に、ムツキとナジュミネが互いに顔を見合わせて首を傾げる。元の世界において、ナジュミネは一人娘であり、兄という存在を見たことも聞いたこともなかった。


 しかし、ナジュミネはピンときたのか、目を見開いた。


「この世界の旦那様が、この世界の妾のお兄ちゃんかもしれないな」


「え? 俺がナジュの兄? ……まあ、それもありえるのか?」


 ムツキはナジュミネの推測を聞いた瞬間だけ少々懐疑的だったが、夢なのだからどんなことが起きても不思議ではないと考えるに至って、明確に否定するような言葉を呟くことがなかった。


 いずれにしても追いかけないと始まらないと察したムツキ、ナジュミネ、レブの3人が夢ナジュの後ろをついていった。


「村の柵をぐるっと回っているようだな」


「どうしてだろうな?」


 その後、しばらくして、夢ナジュやムツキたちはこの世界のムツキこと夢ムツキを見つけた。


「もうお兄ちゃん! 私の声が聞こえたら返事してよ!」


「ん? ナジュか? どうした?」


 夢ムツキは容姿や雰囲気はムツキとまったく同じであるものの、服装がナジュ父のような作務衣であったり、手が少し泥で汚れていたり全身から汗をかいていたりと動き回っているような素振りが伺える。


 彼は村の周りにある柵の修理を手際よく行っているようで、慣れた手つきであることから、彼が仕事としてこれまでに幾度となく行っていることが十分に分かる。


「旦那様が……仕事をしている?」


 ナジュミネが驚いた様子でボソッと呟くと、ムツキが彼女の方を向いて、ふるふると首を小刻みに左右へ振りながら口を開く。


「……ん? んん? ちょっと待ってくれ、ナジュ。元々、俺は仕事をしていないわけじゃないぞ? 世界樹の樹海の管理人というお仕事をもらっているからな」


 ムツキは基本的に「世界樹の樹海の管理人」という仕事を担っている。定期的に樹海の各地区を巡回し、動物や植物の観察および調査が主な仕事である。


 ただし、しっかりとした観察や調査は妖精族の方が長けていることもあって、彼の仕事はパフォーマンス的な要素も多分に含まれているのであった。つまり、しなくても特段の問題が発生しない仕事である。


 ナジュミネは申し訳なさそうにぎこちない笑顔でムツキの方を向いていた。


「あ、いや、すまない……違うんだ、旦那様、言葉が足りなかっただけだ。私の村で仕事をしていることに違和感を覚えたからだ」


 ナジュミネのぎこちなさが周りに十分伝わっている。


「そ、そうだよな……でも、それだと意味、だいぶ変わるから、心臓に悪すぎる……。仕事をしていないと思われていたら辛い」


 ナジュミネのぎこちなさにつられてか、ムツキもどこかぎこちない様子で胸を撫で下ろす仕草をする。


「実際、そんな仕事しているわけでもないでしょ☆」


「こら、レブ! 容赦なく事実を突きつけて、旦那様の心を抉るのはやめてくれないか!」


 ニヤニヤとしてムツキをいじろうとするレブの行動を見て、ナジュミネはうっかり口を滑らせて、ムツキがそれほど働いていないことを大きな声で叫んでしまう。


 ムツキは膝から崩れて四つん這いの状態でうな垂れている。


「……えーっと、ナジュミネの言葉の方が効いているみたいだね☆」


「ああっ! 旦那様、すまない! そういうわけではないんだ」


 踏んだり蹴ったりのムツキはしばらくすると、清々しい笑顔で立ちあがった。


「いや、いいんだ……そう思われているってことは、スローライフを謳歌しているってことなんだから! ……ははっ」


「旦那様、すまない。妾を許してほしい」


「許すも何もナジュのことを怒っていないよ」


「旦那様……」

「ナジュ……」


 ムツキが勢いのない笑顔と笑い声を発したので、ナジュミネが慰めるかのようにそっと抱きつく。さらに、彼もまた気落ちしている彼女を慰めるかのように抱きつき返していた。


 すっかり2人の世界に入り込んでいる様子である。


「おーい、戻ってこいよ☆ ちなみに、夢ムツキと夢ナジュが話し始めているけど、聞かなくていいのかい?」


 レブは呆れた様子で、2人に夢ムツキと夢ナジュの方を見るように仕向けるのであった。

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