あの夏に置いてきたもの
霜月
いつかまたきみと
「まだ持ってるの? その写真」
蝉の鳴き声が鳴り響く中、彼女は俺の手帳に挟まった一枚の写真を見て少し嫌な顔をした。
無理もない。以前付き合っていた彼女、
雲ひとつない青空。向日葵畑の中でこちらを見て、はにかみながら嬉しそうにピースをしている。
『現像したら私にもちょうだい』
約束したのに、渡せなかった。いや、渡せなかったというよりは、叶わなくなった。あの時、コンビニへ寄り道なんかしないで、真っ直ぐ公園に向かっていれば、渡せていたのかもしれない。
柚葉はもうこの世にいない。
公園前で待っている時、不慮の事故で亡くなった。
あの時、会う約束なんてしなければ、死なずに済んだのでは? と思ったりもする。この写真が今の彼女への気持ちを戒める。5年も経っているのに、柚葉のことが、忘れられない。
「公園でも行く?」公園か、嫌だな。
「そうだね」取り繕い、笑って見せる。
今日は柚葉の命日だ。気が重い。家を出て、彼女と公園へ向かう。公園に着くと、一本の木が目に入った。
この真夏に桜? なんで桜が満開に咲いてるの? 不可解過ぎる。桜を指差し、彼女に訊く。
「ねぇ、なんであの木、桜がーー」
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「え?」
急に目が覚める。ベッドの上。さっきまで公園に居たような。夢? 夢を見ていた? アホらし。枕元に置いてあるスマホを手に取り時刻を確認する。
5年前?! 戻ってる?!
そんなバカな。鏡で自分の姿を見てみる。若返っている。嘘。何故。仮に5年前に戻ったとして、どうやって戻るの? あ、そうだ。写真。机の引き出しを開け、手帳を取り出す。
まだ挟まったままだ。
スマホで時間を確認する。約束の時刻まであと1時間。寄り道をしなければ十分渡せる。今が5年前だとか、どうやって戻るとか考えても仕方がない。
今はこの写真を柚葉に渡すことだけを考えよう。手帳を片手に持ち、家を出た。
今何してる? もう公園にいるかな? 呼び出してごめんね。俺のせいで……。会いたい、会いたい。早く会いたい。柚葉への気持ちが溢れ出す。
公園に着いた。辺りを見回す。柚葉が公園前で手を振っているのが見えた。手を振り返し、近づく。生きている。嬉しい。写真を渡して未来が変わったりしないのだろうか? まぁ、柚葉が生きている未来に変わるなら大歓迎だ。
手帳を開き、柚葉に写真を渡す。
「これ。あの時の」
「わぁ! すごい綺麗。嬉しい」両手で持ち、大事そうに見つめている。喜んでもらえて良かった。
「わざわざ、届けに来てくれたの?」柚葉は首を傾け訊く。
「え?」届けにとは。
「翔くんのせいじゃないよ。知られてないけど子供を庇っただけ~~悔いはなし!!」歯を見せ、無邪気に笑う姿が懐かしい。
「そっか」笑う姿が愛おしくて、柚葉を抱きしめる。
「翔くんてばぁ~~」
もう会えるのはこれが最後だろう。柚葉への気持ちにケジメをつけよう。じゃないと今の彼女に申し訳ない。
背中に回した腕を離し、片膝たちをして、彼女の前に立つ。5年前のこの日、写真を渡す予定と同時にプロポーズもするつもりだった。ポケットに手を入れてみる。やっぱりある。
指輪のケースを開き、言う。
「俺と結婚してください」
「ふふっ。ありがと。でもそれは今の彼女に言っーー
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はっ……。
目が覚める。ベッドの上。どういうこと? スマホを手に取り、日付と時刻を確認する。彼女の5回目の命日。戻ってきた。もうすぐ彼女が家にくる。
瞼にはっきり焼きついている。柚葉にプロポーズした時、柚葉は目に涙を浮かべ、笑っていた。巻き戻せない過去。胸が苦しくなる。
「……ごめん」
何に対して謝っているのかもわからない。口から出た。愛してたよ。本当に。
ピンポーン
来た。玄関まで行き、ドアを開ける。今の彼女。部屋の中へ案内する。
「来月の予定決めたいんだよね、ちょっと手帳見せてくれる?」
彼女はそう言うと引き出しから手帳を取り出し、開く。手帳には写真は挟まっていなかった。
「あの写真、捨てたの?」
彼女は挟まっていた写真がなくなり、少し嬉しそうな顔をしている。
「5年前のあの夏に置いてきた」
戻ってきてから、ずっとポケットに違和感があった。手を入れる。体感、指輪ケースだ。ばーか。何やってくれちゃってんの、柚葉め。とんだ置き土産だな。
柚葉。背中を押してくれたのか? ありがとう。
「なぁ」彼女に声をかける。
「どうしたの?」歯を見せて無邪気に笑った。
「結婚しよう」
彼女に言ったはずなのに、柚葉と重なり、涙が溢れた。柚葉、幸せに出来なくてごめん。この先、生まれ変わったら、一緒になろうな。
愛してる。
俺はまだ5年前の夏の日から止まっているーー。
あとがき。
自主企画参加作品。お題は夏に置いてきた写真。
タイムトラベルしたからといって、そう簡単に人は変わらない。そう思わせますね。
あの夏に置いてきたもの 霜月 @sinrinosaki
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