第15話 炎と氷
門の前でディーラを拾い、四人揃って一旦キンベル教団支部へと帰ってきた。時刻はすでに一時を回っている。会議室にて昼食を食べながら、ナターシャとフローラはリーシエから己の体質の説明を受けた。
まず、この世界ではナターシャのように炎が生み出せたり、フローラのように冷気を生み出したりする【特異体質】の子供は少なからず存在するのだという。
その多くは十八才以下の子供であり、皆何かしらのストレスを抱えている。そのストレスが無意識中に願望を作り、特異体質として現れているのだと。
ナターシャの場合、【現状を燃やしたい】と思った事によるストレスが炎を生み出す原因となっている。本人は忘れているが、火事で両親を亡くした日ナターシャは両親に虐待されており、監禁二日目だった。ナターシャは限界を迎え、家を燃やすということで現状の打破を成し遂げたのだ。
日光に当たると身体が燃えるのはその名残のようなもので【自分への罰がほしい】という無意識下の思いが、ストレスの解消として【燃える】という現象を与えたのである。
フローラの場合は、【父親から逃れたい】と思った事によるストレスが氷を生み出す原因となっている。父親からの過度な期待と圧力が、フローラの心を塞ぎ、逃避に走らせたのだ。フローラは【氷の中に閉じこもる】という形で父親から逃れるということを成し遂げた。その後、夜に冷気が体から放出されるようになったのは、【夜になると嫌なことを思い出してしまう】という心理が働き、ストレスの解消として冷気を生み出すようになったからだ。
しかし、これらの症状はコントロールが効くとリーシエは宣言した。
実際にナターシャは、ラーシャに対抗したことで【自己否定】を克服し、ストレスが一気に軽減され、日光に当たっても体は燃えなくなった。
フローラも父親ときっちりケリをつければ、冷気の放出は止むはずだ。
そう進言されたフローラは、パスタを頬張りながら得意げにこう言った。
「そう言えば、今日の夜家で晩餐会を行うとか言ってたわよね。だったら、その晩餐会潰してやろうじゃない!」
「…潰すってどういう事?そもそも今の状態で晩餐会なんて間に合うのかしら?」
リーシエは向かいに座るディーラの訊いた。
「そうですな。無理矢理使用人を動かせば、なんとかなるかと思われます」
ディーラはすでにパスタを食べ終え、リーシエの話に終始耳を傾けていた。
「しかし、当主様がどう言うか…」
「あの人なら目が覚めてすぐにでも始めるわよ。計画性があるようで、目先の利ばかりを追う人だから」
リーシエはつまらなそうに言って、紅茶を一口飲んだ。
「それではすぐにでも戻りましょう」
「私は後で行くわ。ねぇ、此処に居ていいでしょ?」
フローラが前のめりになって、リーシエに訊いた。
「ええ、そうね。私も後で顔を出すわ。まだやらないといけないこともあることだし…。ディーラ、お父様に説明をお願いね」
「かしこまりました。…それでは、ご参加はリーシエ様、フローラ様のお二方でよろしいでしょうか?」
ディーラは疑問があるような喋り方をした。
「いいえ。ナターシャちゃんにも来てもらうわ。このパーティーにはジニーが居るんですもの。私がきっちりナターシャちゃんの立場を保証してあげないとね。パーティーは確か、午後六時からだったわよね?」
(え!私も行くの!)
「ん、んんー」
ナターシャは否定の言葉を叫びたかったが、ちょうどパスタを食べていたため何もできなかった。
「はい。六時からのスタートでございます」
そんなナターシャを無視して、ディーラはスラリと答える。
「わかったわ。私達はギリギリで到着するから。あ、後私達の居場所は絶対にお父様に伝えないでね」
リーシエがディーラにウィンクをする。
「かしこまりました。では、そのように…」
一礼をして、ディーラは会議室から姿を消した。
「私も行くんですか?」
漸く声が出せたとばかりに、ナターシャは大声だった。
フローラは最後のパスタをフォークでくるくる巻き、パクリと口の中に入れた。
「ふぉゆよ。ふぁふぁりふぁえふぁふぁいの」
「そうよ、当たり前じゃないのって言ってるわ」
リーシエが通訳する。
「ナターシャちゃん。事情は大体フローラから手紙で聞いてるわ。ナターシャちゃんは今、浮浪人みたいな感じだから、お姉ちゃんが保護してあげてってね。でもね、黙って保護はできないんだ。ちゃんと元保護者であるジニーから話しあって決めないと」
「あの、保護してくれるのはありがとうございます」
ナターシャは頭を下げた。
「頭なんか下げなくてもいいわよ。まだ貴方、子供なんだから。そういうのは気にしないの。フローラも助けてもらっちゃったしね」
「そうよ。私達友達でしょ?」
フローラが確認を取るように迫った。
「は、はい」
ナターシャは気迫に押され、少し高い声が出た。
「でも、ジニーさん怒りませんか?」
「大丈夫。そうそう怒れないわ」
「だって私達、伯爵令嬢だからね」フローラがニヤリと微笑んだ。
「…あの、伯爵令嬢って貴族ですよね?」
ナターシャはたどたどしい口調で聞いた。
ナターシャは貴族という者が存在することは知っていたが、詳しくは何も知らなかった。ただ、自分よりも偉く、自分よりも賢く、自分よりも金持ちであるという認識でしかない。
だからナターシャは、伯爵令嬢と言われても貴族と思えど、それがどれだけの地位を差すのかがわからなかった。
「そうよ。ナターシャちゃんはどう思ってたの?」
リーシエが不思議そうに訊いた。
「お金持ちで、すごい人達?」
「わぁ。そんな曖昧だったんだ…」
フローラは息を吐き、でもなんか安心するなぁ、と言った。
「そうね。それで、フローラ。晩餐会をぶち壊すって言ったけど、具体的にはどうするつもりなの?」
紅茶を一口飲んでから、リーシエが問うた。
「公然の前でお父様に絶縁宣言をするのよ。六年間娘を放置した挙げ句、今更その能力が使えるとか言って私を連れ戻したのよ?馬鹿馬鹿しくて付き合ってられないわ」
「まぁ、その提案はいいわね。私も同じことをしようかしら…」
「いいわね。二人で絶縁宣言をしたらどうなるのかな?」
「きっとお父様、ものすごく嫌な顔をされるでしょうね。すごく世間体を気にする方だから」
ふふふふ、と二人は笑顔で笑いあった。
「あの、私この服装で行くんですか?」
ナターシャが恥ずかしそうに短いスカートの裾を掴んだ。スカートを着るのが初めてのナターシャにふりふりで膝より上までしかない丈のスカートはやっぱり恥ずかしかったのだ。
「いいじゃないの、似合ってるわよ。それね、私がちょうど十三歳の時に買った服なの。あのときはシーナに色々選ばせたわ。あぁ、懐かしいなぁ。最近ホント歳を感じてやになっちゃう。田舎でずっと一人だと、歳を取ったって気がしないのよね。シーナに、今日は十七才の誕生日ですね、なんて言われた時なんか、あれ、もうそんなに時間が経ってるのって感じだったもの。やれやれだわ」
「え…この服ぴったりなんですけど…」
「それだけナターシャちゃんが小さいのね」
リーシエがからかうように言った。
「それ、どういう意味ですか…」
ナターシャはムスッとする。
「ふふふ。久しぶりになんだか楽しいわ。あぁ、晩餐会なんてやになっちゃう」
フローラのその一言に、この場にいる全員が賛同した。
ナターシャは二人と会話ができることを心底嬉しく思った。
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