4章

第13話 魔術組織キンベル教団

 たどり着いた先は、静かな庭園だった。その中央に、大きな旅館のような建物が建てられている。町外れにある、豊かな草原の中だった。昔居た場所とは大違いだ、とナターシャは思った。

「ここが今の魔術組織キンベル教団支部。ジニーのお父様が建てたものなのよ」

 ナターシャは天井が丸い門をくぐり、整えられた芝生の上に脚を踏み入れた。石畳を進むにつれ、庭園で遊ぶ子どもたちの声が聞こえてくる。此処に居る子供たち全員が、何らかの特異体質なのだ。

「うわっ、危ないって。もう、それ、辞めてよ」

 指先からビームが出た男の子を、その友達が注意した。

「ごめんごめん。わざとじゃないんだよ」

「危ないから、ほんとに気を付けてよ。この前だって、それでミーちゃん怪我させたんだから」

「うう…わかってるよ。あ、園長先生だ」

 男の子が、こちらに気がついた。

「ホントだ。先生帰ってきた!」

 二人の子供はリーシエめがけて駆け寄ってくる。

「二人共、ただいま」

 リーシエはしゃがんで、子供たちに視線を合わせた。

「先生、あのね、さっき変な人が来てたよ」

「うん、黒い服の人だった」

「黒い服の人?」

 リーシエはトルの顔を見た。

「わかる?」

「さぁ、誰でしょうか」

 リーシエは子供たちの方を向いた。

「きっと先生のお客さんね。教えてくれてありがとう」

 リーシエは二人の頭をよしよしとなでてあげる。 

 子供たちは嬉しそうに頬を緩めた。

 子供たちと別れて縁側に上がると、職員の一人にリーシエ様にお客様がいらっしゃってます、と知らされた。

「誰?」

 リーシエが訊く。

「エルラック伯爵家の執事、ディーラ様です」

 リーシエの眉がわずかに動いた。

「フローラ、それかシーナという方は居る?」

「いえ。ディーラ様お一人です」

「わかったわ。すぐに向かいます」

 リーシエはトルとナターシャを連れ応接間へと向かった。

 扉を開けると、上質なソファと漆喰のローテーブルが姿を見せる。奥のソファに座っていたディーラが急ぎ立ち上がった。

「これは、リーシエ様。ご帰還のほど、私ディーラ、大変うれしく思っております」

 言葉は滑るように滑らかだったが、彼の表情は酷く狼狽していた。

「すわりなさい。それで、何があったの?フローラは?」

 リーシエは席に着くと、真剣な表情で問いかけた。

 ナターシャとトルは、ソファの後ろで護衛のように直立している。ディーラは席についた後、一瞬、ナターシャを見たが、すぐにリーシエの方を向いた。

「リーシエ様。フローラ様が暴走しました」

「それは、どういう意味?今は新築の別荘に居るのよね?」

「はい。当主様が直々に連れ戻されました。しかし、予想通りといいますか、フローラ様は昨晩、当主ーーお父上と喧嘩をいたしまして、それでストレスが爆発したのでしょう…能力が暴走し、現在、別荘は氷漬けとなっております」

 急に、世界が静かになった。

(え?)

「フローラも別荘の中に?」すぐにリーシエが反応する。

「ええ、そのとおりでございます。当主様も、他の使用人たちも別荘内で凍っているかと…。私ではなんともできません。どうか、リーシエ様のお力をお借りしたいと馳せ参じた次第です」

 ディーラは頭を下げる。

 子供たちの声が、蝉の鳴き声のように通り過ぎていく。

「氷漬けって…」

 ナターシャが、小さくつぶやいた。 

「ナターシャちゃん」リーシエがナターシャの方を向いた。「君の能力、使わせてもらえないかな?」


 フローラ・ランペル・エルラックは由緒正しきエルラック伯爵家の令嬢である。彼女には姉のリーシエと弟のロック、二人の姉弟が居た。時期当主となる男児は生まれた。であれば、次は娘を良き手本、良き令嬢として育てることが、エルラック家の教育方針であった。姉であるリーシエは幼き時からよくものを覚え、言葉を話した。だが、フローラはその真逆な性格だった。物覚えも悪く、何かを問えば黙り込み、普段から口を開かず何を考えているかもわからない。それ故に、病弱な母に変わり、父ベルザックはフローラに一層厳しく接した。

「しっかり言葉を話せ」

「わがままを言うな」

「勉強をしろ」


「なぜできない!」


 それらが父の口癖だった。そうして、フローラは五歳の時、自分自身を凍らせた。氷の結晶で、身を固めた。原因はストレス。父から逃れたい、ただそれだけの行動。

 だが、

 【娘が凍った】

 それは両親にとってとんでもない衝撃だった。どうして凍り付いたのか、そのもそも氷は何処から出現したのか、どうして娘は凍り続けていられているのか。

 何もかもが理解不能で、何もかもが常識を超えていた。

 氷は三日で溶けた。

 両親はその間、フローラをずっと自室から動かさなかった。動かせなかった、という事実もあたっただろうが、父の思いはこうだった。

 化け物になった娘に、今後どう対応してけばいいのか。

 彼はこの三日間で教育方針ばかりに頭を悩ませ、結果、娘を隔離することを思いついた。

 だが、幸運なことに氷から出てきたフローラに、自分が凍っていたという記憶が無かった。

 そのため、ベルザックは娘を以前と同じように教育を施した。弟が居るからだ。上の者が怠慢すれば、下の者はそれをみて怠慢になる。ベルザックはそうなることを恐れ、また、フローラだけを特別扱いしないように姉たちを厳しく育て続けた。

 しかし、数ヶ月が経ったある日、家庭教師に来ていた男から「フローラお嬢様から冷気のようなものが出ている」と報告があった。

 その時、ベルザックはフローラに症状について問うた。

 だが、フローラは黙りこくるだけで何も答えなかった。

 ベルザックはフローラを隔離することを決めた。そして、秘密裏に町外れの森にある別荘地を買い取った。

 こうしてフローラが十一になったある日、ベルザックはフローラを別荘地に二人の従者とともに送り込んだ。


「今更引き戻すなんて馬鹿なことをするからこうなるんだよね」

 リーシエは吐き捨てるようにして、昔話を締めた。

 どうも、六年が経った今になって、ベルザックはフローラのための別荘地を新たに立て直したらしいのだ。今はそこに向かっている最中である。

 リーシエが現在、キンベル教団で活動しているのはフローラのような子の存在を社会的に認めさせたい、そういう思いからだそうだ。そして、その活動をどう解釈したのか、ベルザックは現在キンベル教団を全面的に支持している。

 リーシエがキンベル教団の支部長になることができたのは、ベルザックのおかげなのだと、嬉しくなさそうに彼女はつぶやいた。

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