第12話 リーシエ
「ここがジニーの家なのね。すっかり炭の山じゃない」
愛馬を止め、長い白髪の女性が朝靄の中で囁いた。目線の先には、街で噂になっている火事で燃え尽きた家の残骸があった。灰の山とかし、今では家の輪郭すらない。
「噂では死体が出たとか言ってましたね。少女の死体だとか…」
隣に並ぶ若い男が返す。二人の後ろには六人の隊列があった。
「少女?ああ、なるほどね。手紙にあった、あの子か」
白髮の女性は一人うなずくと、馬から降りた。キレイな白いスカートのまま、灰の残骸の中を歩いていく。
「リーシエ様?」
「トル。私の想像どおりなら、ここに居るのは被害者だよ」
リーシエは後ろを向いて言った。それから、ちょうど炭の除去作業をしている男に話しかけた。
「ちょっと君、一ついいかな。ここに少女の死体があると聞いたんだけど、どこにあるのかな?」
汗を拭い、男は細い目でリーシエの方を振り返る。
「死体?ありゃ死体じゃないですよ。まだ生きてますよ。不思議なもんで、灰の中から出てきたっていうのにやけどの一つもない。今は病院にいますよきっと」
男はぶっきらぼうに答えた。
「その病院っていうのは?」
「トルシェ総合病院。この街じゃ病院と言ったらそこしかないっすよ」
「そうなんだ。死体は他に出なかったのかな?」
「いやぁ、見てないっすね」
「そっか。ありがとう。ちなみに、君の名前は?」
「俺っすか。俺はアレクっていいやす」
「アレクか。覚えておくとするよ」
「そりゃどうも」
リーシエは馬にまたがると、トルにこう告げた。
「トルシェ総合病院に行く」
「また急な。大丈夫なんですか?そんな寄り道をして。今晩パーティーがあるのでしょ?」
「大丈夫だよ。最悪すっとぼける」
「はぁ。まあいいですけど」
トルは後ろを向くと、大声を出した。
「そういうことで、僕らだけトルシェ総合病院へと向かいます。君たちはこのまま教団支部へと帰り、子どもたちを安心させてあげてください」
「わかりました」
一斉に返事が返ってくる。
トルは満足げに頷いて、リーシエの方を向いた。
「それでは行きましょうか」
「ああ」
そうして二人は馬を走らせた。
病院に着き、受付で少女が運ばれなかったか、と聞くと一人の看護師が出てきた。彼女に案内され、二人は病室へと入る。中は布団が四つ敷かれ、そのうち三つが埋まっていた。皆が白い病院服を身にまとっている。案内された少女の頬には、窓から差す朝の陽光があたっていた。
「よく眠ってますね」トルが言った。
「ああ。息をしているね。彼女の名前は?」
リーシエが看護師に聞いた。
「さぁ、わかりません。あの、ご親族の方ではないんですか?」
「いえ、親族みたいなものですよ。彼女の名前はナターシャです。すみませんね。試すような真似をして」
「いえ。ナターシャというのですね、この子は」
「私が預かっても?」
「ええ。大丈夫です。健康状態に異常はありませんから」
それでは、失礼します。何かあれば及びください。
看護師はそう言って、部屋を出ていった。
「知り合いなんですか?」
扉が閉まった時、トルが聞いた。
「深い縁でつながってる子だよ。私の昔の教え子で、今では私の妹の友人をやっている」
「てことは、彼女は能力持ちですか…。もしかして、火事はこの子がやったんですかね?」
「きっとそうだろうね。この子は発火する能力を持ってるから、それを使ったんだろう」
リーシエはとんとん、とナターシャな肩を叩いた。それでも反応が無かったため、肩を揺すった。
「ん…」
ゆらり、とまぶたが開かれる。
「起きた?具合はどう?」
リーシエは優しげな声を出した。
「…フローラ?」
「その姉、リーシエよ。覚えてるかしら?」
パチ、パチ、とナターシャのまぶたが二回動いた。
「リーシエさん?」
ガバっ、とナターシャは起き上がる。
「そうよ。覚えていたくれたのね。嬉しいわ」
「ここは…」
ナターシャはキョロキョロと頭を動かした。
「ふふふ。病院よ。貴方、ジニーの家を燃やしたわよね?」
「え…」
ナターシャの表情が強張った。
「どうしてそんなことをしたの?」
「えっと、その、閉じ込められて、カッとなったんです。もう、燃やしてしまえって思って…」ナターシャの顔が青白くなっていく。「あの、私、誰か、殺しましたか?」
「いいえ。誰も死んでいないわ」
「良かったぁ」
ナターシャは大きなため息をついた。
「ナターシャちゃん。日光はもう大丈夫なの?」
リーシエが面白そうに言葉を掛けた。
「え?」
その時、漸くナターシャの意識が窓の外の明かりに向けられた。日光がナターシャの顔半分を照らしている。
「あ、日、日が…でも、なんで、燃えてない」
ナターシャは体を眺めながら、変化のない事態に目線を浮つかせた。
「コントロールができるようになったのね」
リーシエが得意げに頷いた。
「コントロール?」
「ええ。もう大丈夫よ。貴方は炎を克服した。自分の物にしたのよ。つまりね、体質が治ったって言うことよ」
「え?治った?」
「だから、安心して。もう貴方は、日光に怯えなくていいのよ」
「ほんと?」
ほんとよ、とリーシエは答えた。
「これからは、きっと炎が自由に出し入れできると思うわ」
ナターシャの頬が段々と緩んでいく。それと同時に、目頭に涙が浮かんだ。
「なんか、すごく、不思議な感覚です」
ポロポロと涙がこぼれる。
暫く間を取った。
リーシエはナターシャの気が収まったのを確認してから、口を開いた。
「そう言えば、貴方フローラのお友達になったんですってね」
「え…はい」
フローラ、と名前を出されナターシャはピクリと肩を揺らす。
「そのペンダントも、フローラからもらったの?」
リーシエはサイドテーブルに置かれた花がらのそれを指した。
ナターシャは今気づいたように、ペンダントを見て憂いた顔をした。
「あぁ、焦げてる」
ペンダントを丁寧に手に取る。熱に強かったのか、ペンダントは微かに焦げ跡があるだけだった。
「すみません…。これ、手紙と一緒に置いてあったんです。手紙に、リーシエさんを頼れと、そう書いてありました」
「それなら私もフローラから、貴方をよろしく、と連絡が来たわ。そのペンダントも、きっとそれがあれば私がすぐに見つけられると思ったのでしょうね」
「そうだったんですか…」
「ということでナターシャちゃん。私達今からキンベル教団へと行くのだけど、貴方もこない?行く宛は無いだろうし、まずその病服を着替えないとね」
リーシエはウィンクをする。
ナターシャは少しの間逡巡して、おどおどと訪ねた。
「あの、そこって、ジニーさんが居るんですよね?」
「ん?居るけど…彼がどうしたの?」
「あの、なんか、権利がどうとかって…」
ナターシャはラーシャとジニーの会話を思い出していた。
「ああ、それなら地主ってだけよ」
「地主?」
「つまり、教団支部の土地の保有権をジニーが持ってるの。それだけよ。実質の運営は私達がやってるわ。彼も不幸中の幸いよね。火事の渦中にいなくて」
「それって、大丈夫なんですか?」
「大丈夫って、何が?」
「その…乗っ取られたりとか?」
ナターシャが気を使うように言うと、リーシエはふふふふ、と上品に笑った。
「大丈夫よ。そんなことはめったにありえないわ。今は私が舵を切ってるしね。それで、どうかな。行ける?」
「あ、行きます行きます」
ナターシャは頷き、布団から降りた。眼の前にトルが居た。
「トルです。よろしく」
「な、ナターシャです。お願いします」
ナターシャは深々と頭を下げた。
「さぁ、行きましょうか」
リーシエを先頭に、二人は病室を後にした。
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