第3話 炎
ナターシャは昨日と同様、裸のまま昨晩追加された死体を燃やした。朝食を食べ、扉からちらりと覗くと、まだ死体達は骨とはなっていなかった。小さくため息を吐き、銀貨六枚の事実を考える。六枚…。それは一万円にも満たぬ金額であり、保って一週間しか生活ができない。ジニーに再度確認を取ろう。きっと何かの間違いだ。そう思うが、ジニーの性格を思うと、それが事実であることに変わりはなさそうだった。
ナターシャは十の歳で、両親を失った。唐突に家が全焼し、理由もわからず泣いていた彼女は、救急隊に保護され、その後親戚の家を転がった。しかし、ナターシャが日光の下で発火する体質だと知られると、親戚の誰もがナターシャを嫌い、数ヶ月も経たぬうちに彼女は教会にて引き取られた。奇妙な体質、それはきっと神の祝福に違いない。そんな酔狂なことを言ってのける、異教徒の小さな教会であった。人々は、ナターシャを半ば押し付けるように、その教会に託したのだ。教会はこう名乗った。『魔術組織キンベル』と。誰もが魔術の存在を信じぬ世界で、彼らだけは魔術を信じ、信仰していた。
ナターシャはその教会の中で、四年の月日を過ごした。大層大切に育てられた記憶があった。特に、髪の長い女性が優しかった。リーシエ。彼女はそう名乗った。十四になった時、ナターシャの下にジニーが現れた。その子を我がルンブック家の養子にしたいと。
ジニーはナターシャの四つ上だが、当時それでも彼は十八歳。まだ養子を取るには若い年齢だった。しかし、著名は両親の名を使っており、家がその街でとても有名だったから教会はナターシャを渋々手放した。ナターシャはジニーに引き取られると、このように説明された。
『なに、俺はお前を本気で養子にするつもりはない。労働力として期待してんだ。お前の能力は知ってる。死体を燃やしてほしい。そうすれば、衣食住は確保してやる。給料も出す。いい条件だろ?どうせそんな身じゃ、世間に出てもまともに働けないんだ。いつまであんな胡散臭い教会に住み着くわけにはいかねーだろ?俺の下で働け。それが最善だ』
上から目線の嫌な言葉だったことをよく覚えている。
そうしてナターシャは一年間、森のすぐそばにあるレンガ造の建物で、死体を燃やす日々を送った。最初こそ不慣れであったが、それでも働ける場所がある、それだけで幸せなのだと思うと死体と過ごす日々を頑張れた。衣食住も、必要とあればジニーはしっかり揃えてくれた。だが、それは昔の話で、最近はそれでいいのかと思うようになってきていた。
死体がすべて遺骨になったので、ナターシャは着替えをし、レンガの建物の裏手から荷車を遺骨のある扉まで持ってきた。箒とちりとりとで、骨を集め、荷車に乗せていく。一見して量は多かったが、それでも荷車を引くときの重量はあまり変わらなかった。出発しようとした時、後ろから声をかけられた。
「あら、ナターシャちゃんじゃない?どうしたのそれ?どこか行くの?」
振り返ると、バケットにパンと野菜を詰め込んだメイド服姿のシーナが立っていた。
「あ、あの、これは…」
「…なぁにこれ?」シーナは荷車に近づくと、白いそれを見つめた。「骨?」
「あ、え…」
「ナターシャちゃん、職業なに?火葬屋だったの?」
「…あ、…う、はい」
「だからよく建物から煙が出ていたのね。だから厚着なの?燃えるから、火がかからないように…。ん?違うのかしら。燃えないように服は脱いだほうがいいのかしら?」
「えっと…シーナさん」
「はい。シーナよ」
「…すみません」
「どうして謝るの?私、悪いことしてないわよ…ねぇ、今からどこ行くの?」
「森の方へ…」
「奥?」
「あ、その、浅いところにある洞窟に捨てるんです」
「そうなの。なら、私もついて行っていいかしら?私、今から森に帰るところだから」
やっぱり森に住んでるんだ。ナターシャが頷くと、二人は横並びになって、森の方角へと歩き始めた。
「それにしても、ナターシャちゃんが火葬屋だったなんて、私びっくりしたわ」
「…すみません」
「だから、どうして謝るのよ…。あ、そうそう。お洋服だけど、今度仕立ててあげるわ。あなた、きっと細い体してるでしょ?それに服もいつも同じものなんだしね」
「…あ、はい」
「元気がないわね」シーナはコホンと咳をした。「…ねぇ、私ね、メイドをしているのだけど、主様はあなたと同い年くらいなの。主様も、あなたみたいにずっと元気がないのよ。どうしてかわかる?」
「え…え?…わかりません…そんなの」
「…生まれつき変な病気を患っていてね、友達がいないのよ。だから、元気がないのよきっと。あなたも、そうなんじゃないかしら?」
「……」
「見たところ、ご両親もいないようだし、一人なのでしょ?私で良ければ、頼ってくれていいからね」
「…すみません」
「もう…謝らないの。私、怒ってないんだから」
小さな洞窟にたどり着くと、ナターシャはいつもの要領で洞窟に遺骨を流し始めた。シーナは彼女の隣でその作業を見つめている。
「ねぇ、ナターシャちゃん。あなた、魔術って信じてる?」
「……魔術、ですか?」
「そう。私、信じてるの」
「…どうして?」
「見たことがあるから、かな?あのね、私、ナターシャちゃんもそうじゃないのかなって思ってるのだけど…」
「え?」
ナターシャの手が止まった。ガクン、と荷車が水平に戻る。
「煙が出てる部屋、あるじゃない。私ね、あなたがいない間、入ったことがあるの。扉が開いてたから…。あそこ、竈も何もない空間だったわ。だだっ広い倉庫みたいな…。普通、何かを燃やすなら、枯れ木とか用意したり、火葬なんてそれこそもっと堅牢な土台とか、あると思うの。だけど、そういうものもないし…。ねぇ、ナターシャちゃん、あなた、どうやって死体を燃やしてるの?」
「……見たんですか?」
「ええ。見たわよ」
「……」
「もしかして、自分で炎が出せるんじゃないかしら?」
夏の暑さからか、凍えるような緊張からか、汗が皮膚から湧き出てくる。喉が、乾く。
「どうして…」
「ねぇ、もしそうなら提案があるのだけど…」
シーナは優しげな表情をした。
「私のお家へ来ない?」
「どういうこと、ですか…」
「お誘いよ。私なら、きっとあなたを助けれると思うの。家はすぐ近くよ。今の生活よりも、もっとマシになるとは思うわ」
「……でも、私…」ナターシャの脳に、ジニーとの約束が浮かんだ。「……」
「誰か、あなたを支えてくれる人はいるの?」
「…ジニーさんという方に、雇われてて…」
「ジニー?その人は、どんな人なの?」
「男の人で…」
「男の人?親戚の方?」
「いえ。街の大工さんの息子で…」
「街の大工って言うと、ルンブック家かしら?」
「え。はい。多分そうです」
「まぁ、だめよ。あの家なら辞めたほうがいいわ」
「?どうして…」
「あなた、きっと騙されてるわ」
「どうして、そう思うんですか?」
「あなたの家を見ればわかることよ。あんな家に住まわせて。それに、死体処理の場所だって、あなたの部屋のすぐとなりでしょ?間違ってるわ、そんなの」
「…そう、ですか」
ナターシャは頷いた。それから、まだ荷車に残っている遺骨を洞窟に流し始める。
「なら、この仕事を最後にします」
「そう!」
シーナは笑顔を見せた。
「なら早速私の家に案内するわ。主様もきっとあなたのことが気に入るはずよ」
ナターシャは少しの不安と後ろめたさを抱えながら、シーナと共に森の奥へと進んでいった。
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