少年編 アメリア② 前
少年よ。力が欲しいか?
欲しければ、戦え。
この世界とはそういうふうに成り立っている。
ゆえに、
「俺と戦え、奴婢」(稽古をつけてください!)
と、アズーリに頼むことにした。
記憶を残すためのノート作成に失敗したあと、家の中をぶらぶらしていた俺は、会いたい人に運よく出会うことができた。
アズーリ・ナイトヴェール。
ナイトフォールに名前が似ているので紛らわしいが、一族の一員ではなく、ただのメイド。
けど、俺の読んだ大百科の記憶が正しければ、彼女こそ今の俺の稽古相手として最もふさわしい!
「えと、珍しいご命令ですね。戦え、ですか?」
「二度も言わせる気か?」(そうです!!)
「……は、はぁ。了解しました」
と、掃除中だったにも関わらず、仕事の手を止めるアズーリ。
……いや、別に今じゃなくてもいいんだけど。
「鍛錬場だ。1秒たりとも待たせるなよ」(後でいいですよ!)
あー。
俺、喋るの控えるわ。
このままだと死ぬほど迷惑かけちゃいそうだ。
言い放ちざまにその場を離れる。
鍛錬場の場所は“俺”が知っているので、問題なく向かえる。
アズーリに相手をお願いしたのはゲームルールのため。
このゲームルールでは、現状戦ったことのある敵のレベルまで、獲得経験値のブーストがかかるのだ。
例えばレベル50ある魔獣を狩れば、基礎レベル50まで獲得経験値が増える仕組みである。対人であれば技量レベル50まで。
俺の見立てでは、アズーリの技量レベルはかなり高いはずだ。
あ、そういえば武器。
どうしようかな。
LHのゲームルールでは、武器のレアリティは、ライフルを除いてほとんど何の役にも立たない。
例えば、木の剣だろうが、オリハルコンの剣だろうが、ダメージは誤差程度しか変わらないし、壊れるときは壊れる。最も大きい違いはその壊れるまでの耐久性だけで、耐久の減りすらも技量レベルで下がっていく。
「よし」
と、適当に廊下に飾ってあった騎士の甲冑から、勝手に剣を奪い上げる。
ちなみに体が勝手に動いた。
武器は“俺”が決めたかったのかな?
後で怒られても知らないぞ……って、俺が怒られるのか。
けど、鍛錬場に向かう足取りは止まらず、俺の返していこうかなというささやかな意志は完全に無視された。
そして、たどり着いた室内にある鍛錬場の、クッソ重たい鉄扉を開くと、室内ながらかなり広い砂場が広がっていた。
室内でありながら、ここだけはまるで外にいるかのような開放感と、土の新鮮な匂いがする。
さすがは貴族。知識が正しければナイトフォール家は伯爵家でかなり裕福。今住んでいる場所はまごう事なく小さな宮殿で、そこにこんな場所があっても不思議じゃないだろう。
そしてそこには先客がおり、すらっとしていながらも出るところが出ている、日本でいうところのジャージ姿のアズーリがいた。
……。
……?
何で俺より早くついてるの?
俺寄り道してないし、あなた着替えまでしてるじゃん。
「お待ちしておりました!」
いつものように元気いっぱいなアズーリ。
いや、お待ちしておらなければならなかったの、俺。
あなたは待たせる側だったの。
と、不思議に思っていると、アズーリは腰に携えたレイピアを抜き取った。
「不肖ながらベリアル様の鍛錬の相手を仕りますね!」
「ふん」(ご丁寧にどうも)
鼻を鳴らす俺。
せっかく稽古の相手をしてくれるんだからちょっとは感謝しようよ“俺”。
……けど、もう一度ありがとうと言うチャレンジをしたら、自分のことながら何を言うかわからないし、諦めよう。
今は戦闘に集中だ!
持ってきたずっしりと重たい剣を構える。
「少しでも手加減をしてみろ? 貴様のハラワタを引き摺り出して縄跳びをしてやる」(ふぅ……)
気合いを入れるために息を吐こうとしたところ、そんな言葉が出てきた。
とんでもねえグロテスクなことを言い出しやがったぞこいつ。というか、手加減してもらわないと死ぬって!
いや、確かにある時間以上戦わないと戦った判定にならないゲームルールのために、それなりに戦わないと、アズーリのレベルまでブーストはかからない。
そういう意味では本気でやろうぜってのは正しい。
けど! 大百科の記憶が正しければ、アズーリのレベルは基礎技量ともにかなり高いはず。そんな彼女が手加減しないと、下手すると殺されるぞ“俺”!!
「えーと……つまりその装飾用の剣を用いて、私と決闘をご所望でしょうか? あまりお勧めしませんが……」
と、少しばかり心配そうな声で確認をしてくれたアズーリ。
そんな彼女の期待を無碍にしたくはない。
だからあらん限りの強い意志で返答する!
「ハンデにちょうどいい」(手加減してください!!)
違う! 逆! される方なの! する方じゃなくて!
「…………」
ほらみろ、当惑してるぞアズーリ!
いやまじでうちのベリアルがすんません!
心は優しい子なんです。大目に見てあげて、手加減してください!!
「ベリアル様が死んでしまいますよ?」
ほら、最終警告来た!
心なしか、声がちょっと低いし!
前言撤回なら今だぞ、ベリアルくん!
「死ぬならばそれまでのこと。敗者とはそういうものだ」(お願いします! 手加減を!!)
俺の言うことちょっとは聞いてくれないかね、“俺”!?
このままだと死んじゃうよ?
知らないよ?
いや、俺だから知らないよじゃ済まされないんだけども!!
「……では、お命頂戴します――!」
先ほどまで明るかった声と一転。
まるで氷柱のような声音で、彼女は宣言する。
刹那――
――閃光を放ち、レイピアの先端が首のすぐ隣を通過する!
明らかに技量レベルに差のため、喉に一直線に向かってきたレイピアをずらすための防御の反応すらギリギリ!
そのまま追撃に移るため、僅かにレイピアを引かせるアズーリ。
……くっ! 適正ランクならば、その隙に出の速い攻撃を入れられるが!
全力でその場を跳んで下がる!
直剣よりリーチの短いレイピア相手には、距離を取ることが鉄則!
しかし跳んで離れた俺に、一切の容赦無く距離を殺して攻撃を続けるアズーリ。
「ぐっ……!」
服越しでも感じる風圧!
目で追うことがギリギリな一撃一撃を、全て冷静に見極め、最低限の動作で避けていく!
そうしなければ――怪我はすまない……!
オンライン対戦で最も使われる武器こそレイピア。
ゆえにそのモーションは脳の髄まで刻み込まれている!
ゲームならば、上半身だけ避けたり、僅かにしゃがんだりといったことはできなかったが、……今はこの身は俺の体!
そういったボタンではできない細かい動きも可能! ズルかもしれないが、死なないためにはやるしかない!
「……?」
なかなかに攻撃が命中しないことに疑問の表情のアズーリ。
……よかった。ゲームの知識は生きて。じゃなきゃ死んでた。
だが、今のステータスじゃ、どんな一撃でも、防御状態だろうが受けてしまえばDEAD END。
ならば、どうするか!
「ふんっ!」
攻撃に合わせてカウンター!
頭上から突き下された一撃に対して、体を斜めにしながら、剣を振り抜く!
ジリジリと全身にアズーリの静かな闘志を迸る電流のように受け止め、歯を食いしばった一撃。
彼女がゲームルールに囚われた存在ならば、――このタイミングでの一撃は、避けられない!
――スッ。
そして俺の剣はからぶった。
アズーリは僅かに体をのけぞらせ、難なくかわしたのだった。
それは決してゲームのキャラクターができる動きではない。
眼前の女の脅威度が変わった。
こいつは、敵対プレイヤーじゃなく、生きている人間だ。
まるで俺の反撃を蟻の叛逆かのように軽く対処してみせたアズーリから、再び止まることのない剣撃。
やまない追撃の嵐を、何とかゲームで培った知識で対応するが……。
(明らかに攻撃の手数が多い!!)
ゲームでは、プリセットの4種類のコンボを設定して、それを使い回す。
だが、この女は明らかに4種類以上の攻撃を使用している!
ゲームの都合が……、働いていない!
たまたま、俺が無数のレイピア使いと戦ったために対応できているが……。
「……!!」
視線で射殺さんばかりの迫力のアズーリが繰り出す攻撃が、もしもレイピアではない他の武器だったらと思うとゾッとする。
だが、この場も十分な死地。
どう打開するか……!
考える間にも次から次へと変化する攻撃方法。
何とか対応しているが、体力の限界が近く、息の上がり始めていて、集中力が維持できない!
「ぐおっ!」
避けきれなかった一撃が肩を掠める。
肉が抉られ、体の奥から嫌な音が響く!
全身に神経が傷の痛みへと向けられそうになるが、歯を食いしばってレイピアに集中する!
痛すぎて、今泣けと言われたら先ほどのアメリアですらドン引きレベルの大号泣もご覧に入れれるが……。
だが痛みのおかげで解答が出た!
顔面に向かう突きを避ける!
次にやってきた喉への攻撃も避ける!
だが同時に――!
「はァ!」
剣を振り抜く!
それを児戯が如く意にも介さず軽く避けるアズーリ。
同時に再び攻撃のため――カウンターのカウンターとして放たれる突きを!
「がァアアアア!!!」
敢えて!
左肩で受け止める!!!
肉がちぎれ、骨が割れる!
痛みのあまり目眩がきて、少しでも気を抜けば視界が暗やみそうなのを!
「ンァァアアアアッ!!」
叫びながら我慢する!!
振り抜いた剣を捨て!
そして、左肩を貫いたレイピアを握り込む!!
こんな攻撃、ゲーム内ではあり得なかった!!
「!?」
もしもアズーリが、後僅かに人間らしかったならば絶対通用しなかった技!
明らかに動揺したアズーリに、無理やり肉薄し!
渾身の蹴りを見舞う!!!
――ドゴッ!!
と鈍い音がして、大きく蹴り飛ばされたアズーリが、鍛錬場の砂場の上で複数回転がる。
やった!!
と思ったのも束の間。
数回転したアズーリはその勢いを使い跳ね上がると、何事もなかったかのように立った。
前世だったら肋骨が何本か行ってもおかしくない蹴りだったけど……。
手加減する余裕も、躊躇う暇もなかったために、踵で踏みつけるように蹴ったのだが、まるで無傷かのようにこちらを観察するアズーリ。
その死神のような目つきは未だに戦闘を諦めていないものであり、このままだと徒手格闘にでも移りそうだった。
もはや俺の許容できるケガも体力も限界。
ゲーム的に言えば、出血異常にスタミナ回復速度低下【大】と言ったところか。
戦う前に“俺”は『死ぬならばそれまでのこと。敗者とはそういうものだ』なんて言っていたが……、ふざけるなと言いたい。
聞いているか、ベリアル・ナイトフォール!
勇気と無謀は違うし、敗北は死を意味しない!
お前がそんな根性だから、どう足掻いても死ぬルートしかないんだぞ!!
勇気というのは勝機を掴むため! そして、敗北は成功のための糧だ!!
怒り心頭になりながら、俺は何とかして口を開ける。
「こ、これまで!」(こ、これまで!)
限界になって崩れゆく体。
傾きつつ倒れながら見えたアズーリの表情はもはや決闘に臨むものではなく。
俺は何とか成し遂げたことに満足しながら、疑問を感じた。
あれ?
何で……、問題なく喋れたんだ……?
††††††††††††
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