少年編 アメリア② 後
目を開けたら。
「知らない、天井だ」
なんか煌びやかな赤と金の布。
……まじで知らない天井だけど。
上半身を起き上がらせると、
「いッ!」
左肩から尋常じゃない痛みが!
「動いちゃダメですよ!!」
咎める言葉が隣からする。
この世界に来て一番聞く馴染みのある声。
「大怪我ですから、安静にしてください!」
彼女曰く大怪我の元凶。
アズーリその人である。
……今まで介抱してくれていた様子で、戦っていた時のような闘いの雰囲気ではない。
よかったぁ……。
と、気を抜けば、
「貴様の負傷は?」(アズーリさんこそ、蹴っちゃったところ大丈夫ですか?)
と言ってしまった。
いや今回に限ってはだいぶマシな口調ではあるけど。
「私のですか? ……あ、あの最後の蹴り! あ、えーと……、かなり、それはもうかーなり痛みますけど、ベリアル様の方が大事なので!」
うーん。
この様子じゃダメージどころか、忘れられる程度のかすり傷にすらなってないな……。
わかりやすく気を遣われたなぁ。多分“俺”の今までの行動は彼女にそうさせているだろうか。
やっぱり、基礎レベルに差が開きすぎてたのだろう。
複雑な計算式によってダメージ計算されるこのゲームでは、どんな攻撃でも合計レベル差数十程度じゃダメージが与えられないなんてことはないけど……。
おそらく基礎技量合わせて100近いレベル差があったのだろうか。
負けイベントが顔真っ青になる闘いじゃねえかちくしょう!
勝てるわけねえよ!
けど、これで何となくわかったことはある。
攻撃モーションの速さで、俺とアズーリの技量レベルがおおよそわかった。
俺は一桁代で、アズーリは低くて50、高くても70は超えない程度だろう。俺の動体視力で追える程度の攻撃なので、70超えていることはないだろう。
というか、アズーリレベル高すぎ! 作品にもよるけど、ラスダンのサブメンバーにできるレベルだぞ!
ちなみに技量レベルが80を超えるあたりで人間の動体視力じゃ対応不可能になるために、自動防御が使用されるが、確率で不発になるために、ギャブルを好まないプレイヤーは基礎レベルを上げて、攻撃を耐えるという戦術を取る。
この世界でそんなことをするのは……、それこそ目の前にいるアズーリを倒せるようになってからだな。
アズーリとの戦いが負けイベントの短い戦いではなく、ちゃんと敵対した戦いとしてカウントされたのであれば、彼女のレベルまで経験値ブーストがかかるはずだ。
「お体の方が大丈夫ですか? ……問題ないようでしたら、夕食を用意しますよ?」
「問題などあるはずなかろう。疾く用意しろ」(お腹空いたんで、お願いします!)
俺の言葉を聞いて、アズーリはふんふんと鼻歌を歌いながら部屋を出ていった。
「はぁ……」
ため息が出る。
憑依して半日も経たずに死にかけるとか……。
この先のことを考えるとしんどくなる。
知らない原作のゲームに転生なんて。
こうなると知っていたら、意地を張らずに原作LHもしっかりやっておくべきだった……。
いざとなれば大陸西部に移り住むか?
あそこなら夢見の大陸シリーズの舞台だし、年代はわからないが、もしかしたら見知ったキャラクターたちがいるかもしれないし。
……とは思ったものの、今はやめておこう。
あちらのあちらで精一杯のはずだ。
帝国の内戦に邪神の復活、魔王領と王国の大規模な戦争。
メインモブ含む全ての登場人物の誰かが欠けていたら、少しでもタイミングが悪かったら、そんな些細なことで大陸が滅びかねない。
俺が行って邪魔になったら目も当てられない。
「だけど……、会いに行きたいんだよね」
特にアナスタシア。夢見の大陸シリーズのヒロインの一人。
このゲームに転生したならば、彼女に命(複数ゲームでDLC約8万円近く)をかけた男として、それだけは譲れない。
ならば――。
「邪神をひねりつぶせるくらいになれば、いけるよね!」
邪神はその設定が頭おかしい敵である。
適当に決めたステータスだなどと言われるくらいには、シリーズを通して圧倒的なステータスを誇る負けイベントのボスだ。そのステータスは難易度によらない。
周回によるレベル上限撤廃後のレベルカンストで挑んでも、対策なしのパーティでは1分も持たない。
最終的には封印する方法を見つけた主人公が、何とかしてラスボスから封印のためのアイテムを奪って、ギリギリのところで封印を成功させるのだ。
そんな奴を倒すなんて無謀なことをしても意味ないだろって?
ただねぇ。
無理ではない。
無理では、ないんだよね。
とある動画投稿サイトには載っている。
シリーズ中最強の敵であった邪神を倒す動画。
サポート魔法を発現したキャラ3人の回復を投げ捨てた命懸けの魔法バフと、過剰なアイテムによるドーピングバフ。
文字通り指数関数的に増加した攻撃力から繰り出される、圧倒的な対魔導戦車ライフルによる一撃。
32ビット変数のダメージ値の限界に迫る10億の圧巻のダメージでもって、一瞬にして邪神を消し飛ばした動画が。ちなみにだが、シリーズ内で最強のラスボスの体力は100万行かない程度である。
そして邪神退治後に流れる、制作されたこと自体が驚かれた秘されしエンディング。
無理ではないのだ!
「よし、まずは仲間あつ……め…………」
忘れてた。
“俺”の口調。
仲間集めとか無理じゃね?
……よ、よし!
大人しく、邪神騒ぎが終わった後で大陸西部に行こう!
邪神以外のラスボスなら、100万を削り切れるまで鍛えればいいし、それなら無理ではない!
怪我が治り次第頑張るぞ!
「てか、それ以前にアメリアのこともあるしなぁ」
俺に転生したこの世界は原作LHだ。ただの日常系のほのぼのとした愛のあるエロゲーならまだいいとしても、凌辱ゲーなのだ。
いつ彼女に魔の手が伸びるかわからない。
何となくだけど、俺が憑依しなければアメリアはあんなことやこんなことを“俺”にされただろう……。
けど、俺ならばそんなことはしない!
その上、この大陸で凌辱なんてのは、俺の目が黒いうちは絶対にさせないぞ!
これは原作LHを作ってしまったゲーム会社へのアンチテーゼでもある!
俺ならば、凌辱ではない、夢見の大陸の物語の続きを見ることができるはずだ!
この凌辱ゲーを、俺は学園青春モノにして見せる!
そう決意した俺だったが、コンコンと叩かれるドア。
「入れ」(はいはいー)
張り切ったアズーリが作ってくれたのは、土鍋。
疲れた体に沁みる味だった。
そんな彼女が用意してくれた料理を味わいながら口に運んでいると、
「ベリアル様。差し支えがなければ、で構わないのですが……、一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」
いつもの地中海のようなカラッとした笑顔と比べれば、どことなく神妙な笑顔のアズーリ。
「つまらぬ問いかけならば、即刻その首を刎ねてくれよう」(どうぞ)
という、実力差からしてとても”俺”にはできそうにない返答をする。
痛い目を見ているというのに、”俺”の口は今日も絶好調なり。
「ベリアル様はなぜ私と……戦おうとされたのでしょうか?」
少しばかり困惑が含まれているような、そんな声音だった。
シワ一つなく綺麗なメイド服を見ながら、俺は答えようとして、
「それは……」(それは……)
思わず口ごもってしまった。
アズーリと戦った理由。
それは非常にわかりやすくシンプルなものではある。
「貴様を踏み台に、さらなる高みへと登るためだ」(強くなるためですよ)
けど……。
「……、では、ベリアル様はその高みに登り、何を為すのですか?」
強くなることは、手段に過ぎない。
武人にとってみれば、強くなることこそが目的になるだろう。けど、俺はそうじゃない。
俺は、……死にたくない。
ベリアルの死ぬ運命に巻き込まれるなど真っ平ごめんだ。
だから、俺は力が欲しかった。
「貴様ら虫ケラを蹴散らすためだ」(自分を守れるだけの力が必要だったのです)
……果たして本当に?
そんな声がどこともなく聞こえてきた気がした。
ここはゲームの世界。
力さえあれば、何であれ好き放題にできる。
レベルをカンストさせれば、世界を滅ぼす存在を相手に殴り合いを繰り広げられる。
つまりは、強くなれば、それこそ世紀末帝王にでもなれるのだ。
「世紀末帝王、いい響きではないか」
などと、俺の考えてたことを勝手に喋り出す”俺”。
「そうですかー。ではぜひ私をその帝国の末席に置いてくださいね!」
冗談っぽく笑うアズーリ。
まるで大きくなったらお母さんと結婚すると言っているような子供を相手にしているような顔だが……。
……相手にしてないって感じだな。
うん。俺としても大真面目に相手された方が困るしいいけど。
いずれにせよ、そんな夢物語は置いておくとして。
ゲームの世界で鍛えないことがどうなるか、特にこの凌辱ゲーではどんな結末を迎えるかは火を見るより明らかなので、弱いままの状態を甘受するつもりはない。
「小娘一人どうにかできずして、我が命運など語れるものか」(ははは)
アズーリの冗談に笑い返そうとしたら、ベラベラとまたこの口は喋り出した。
……原作LHがどれほどのハードモードなのかは知らないけど、ラスボスすら相手できそうなアズーリをどうにかできないといけないって程ではないだろう。……そうよな?
そうでないことを信じるしかない俺だった。
†
邪神……?
会いに行きたい……?
ベリアル様……。
もはやそこまで堕ちてしまわれて……。
ですが。
ですが……、私だけはあなたのそばに。
あなたの最後の味方に。
☆ステータス☆
【名前】アズーリ・ナイトヴェール
【基礎レベル】30前後
【技量レベル】70前後
【魔法属性】不明
【魔法詳細】不明
††††††††††††
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