少年編 アメリア① 後
カレンに、もしかしたら一緒の学校へ通う約束が守れないかもしれないと謝罪して、私はナイトフォール家が出した迎えの馬車に乗りました。
カレンにはベリアルのことは結局伝えずに。
だって伝えたら、……彼女のことだからナイトフォール家に押し入りかねませんから。
たどり着いたナイトフォール家で用意された服に着替えて、応接室に案内されたのでした。
そこで初めて会う自身の婚約者は、まるで羽虫を見るような目で私を見たのでした。
罵倒に限りを尽くし、私の身を清めるように命令するベリアルに、私が逆らえるはずもありません。この婚約が破談になれば、たった一代でできたクレイトン商会にとっての損失は想像もつきません。
ここまで育ててきてくれた母さんに迷惑だけはかけたくありません。
もしかして噂と違って私の婚約者が優しい方だったら……、と何度も祈っていた願いが叶えられませんでした。
そうして身を清め終え覚悟を決めた私は、ベリアルの部屋の前まで歩いてきたのですが、ノックの前に部屋の中からわずかに溢れる声に耳を傾けてしまいました。
「凌辱…………うけいれられるか…………」
穏やかじゃない言葉に、心がギュッとされたような感覚になってしまいます。
私はこれから、会って間もない悪逆非道の婚約者に凌辱されるのですね……。
彼は自身の怒張を、小柄な私が受け入れられるか疑問を持っているようでした。
「……アズーリ……は、……確定…………」
アズーリさんは、……確か先ほど部屋にいらしたメイドさんの名前。
私の振袖の着付けを手伝っていただいた方です。
……彼女もすでにベリアルの毒牙にかかっていると思って良さそうですね。もしかしたら彼女とともにベリアルを満足させられるのかもしれません……。
「違う……穴……淫語を吐きながら獣姦……嫌悪感……」
――ひっ!?
とてつもない言葉に、思わず声が上がってしまいましたが……、どうやらベリアルに気づかれた様子はありません。
ほっとするとともに、とてつもない恐怖感が脳髄から全身に伝染するように。
違う、穴……!?
淫語を吐きながら…………じゅ、獣姦!?!?
か、彼は私に……一体何を…………!
今まで恵まれすぎた境遇にいた自分に、ついに清算の日がやってきたと思いました。何不自由もない生活を過ごしたバチが当たったのだと……そう思ったのですが……。
あまりじゃないですか!?
私が何をしたというのですか……!!
自然と涙が溢れ出してしまいました。
私は今から想像もつかないような酷いことをされるのですね……。
「みんなで……数時間かけて……」
――ひぃっ!?
ベリアルの部屋から聞こえた言葉に、思わず自分の体を隠すように抱きしめました。
大人数で私を長時間……。
想像するだけでも身の毛がよだち、震える足が私をその場に立たせることも難しくさせてしまいました。
「どうやって……撮るか…………」
その上ベリアルはその様子をレンズに収めるつもりです……。
…………もはや羞恥心と恐怖と悲しみでぐちゃぐちゃな気分。
「不運………………、……扱かれる日々…………」
『不運な小娘め。これから扱かれる日々も知らずに』
と、言ったところでしょうか……。
私はおそらくこれから毎日、ありえないほどの凌辱をこの身に受け、徹底的に尊厳を踏み躙られるのでしょう……。
(カレン……)
とめどなく流れる涙と、途切れない嗚咽の中、彼女の名前を思い出してしまいました。
でも……。
彼女に迷惑をかけられません……。
「せっかく……、楽しんだものがち……」
との声が聞こえてきました。
ええ。
あなたにとってはそうでしょう。
でも私は、絶対に――!
絶対に、あなたになど屈しません!
私は今にも逃げ出したい欲望をなんとか押し留めて、鬼畜のいる部屋の扉をノックしました。
†
何故か大号泣しながら悲壮感溢れる顔で俺の部屋に来たアメリアを追い返す。
まあ、「貴様のような愚鈍な下等生物が俺の部屋に踏み入れることは許さん。理解したなら二度と近づくな」などとこの口はペラペラ喋ってくれたので、少しは俺の言いたいことを伝えてはくれたのは僥倖ではあった。
おかげでアメリアもシクシク泣きながら「この部屋ではなくもっと酷い場所で致すのですね」などと訳のわからないことを言いながら出ていってくれたのだ。
そして、机の前に座る。やたらとふかふかな椅子である。
俺は原作LHについて知っている内容を、今のうちにと思って紙に書き残すことにする。時間が経てば忘れていきそうなのでね。
たとえば、ベリアルについて。
彼は確かLHでは悪役であり、どのルートでも死ぬのが確定している。時たま動画で「死亡確定系男子」とコメントが流れるのはそのせいでもあり、その死因については……なんだっけか……。
ゲーム本編をプレイしたことがないので、大百科で流し読みした程度の死因の列挙じゃ記憶にも残らない。
……うーん、原作LHの主人公であるウェルターとの決闘、だけはわかるんだが……。
と、そんなことを書き残そうと思ってノートにペンを走らせてみたが――。
【
俺は死ぬ運命に抗う。雑魚との決闘などでは決して負けん
】
としか書けなかった。
あ、言論の自由のなさはここでも発揮するのね。
……他人との会話を筆談でしようとした俺の企みはあっさりと砕け散った。
うーん。
試しにアズーリについて書いてみるか。
【
この家の奴婢如きに我が運命は握らせん
】
ガリガリと書かれた内容のない言葉。
ダメみたいだね。
メイドを奴婢って……。あの人は普通に雇われてる人だぞ。
あまりにも文才あふれるこの腕に辟易としながらも、一応は続きを書いていく。
登場キャラは、主人公であるウェルターを除いてもうほとんど知らないので、それ以外。
原作LHが継承しているはずの、夢見の大陸シリーズのバトルシステムだ。いちいち夢見の大陸シリーズのバトルシステムと呼ぶのも面倒なので、ゲームルールとでもしよう。
LHのゲームルールは少しだけ独特だ。
まず、レベルは2種類ある。基礎レベルと技量レベル。前者はステータスを主に支配し、後者はアクションの攻撃速度や回避無敵時間、攻撃モーションを決める。
どちらも鍛えなければならず、そのレベル上げの方法は前者が魔獣退治、後者が対人戦とそれぞれ違うのだ。
【
弛まず素質を鍛え、それを発揮する技量を身につけ、進み続ける意思をもってして、初めて最強となる
】
……なんか心技体みたいな書き方になった。
いや、間違ってないけどね。
ゲームシステムに心はあまり……、と思ったけど、モンスター狩りや対人で長時間のレベリングって一応心の部分か。……いやどっちだろう。
ま、それは置いておこう。
【
ライバルを作れ
そして勝て
】
うーん。
シンプルだなぁ。
……掻い摘めばそうだけど。
ま、いいや。
そして大事なのは魔法! とはいえ、すぐに使えるようにはならないので、重要度は2番だ。
魔法はこの世界の世界観に大きく影響を与えている。
そもそも魔法を使える人が限られていて、魔法の習得方法がたったの二つしかないのだ。
第一、きっかけもなく勝手に習得する。
第二、魔法書を理解する。
前者については発現の条件がよくわかっておらず、後者については魔法書が極めて難解であり、理解するためには子供の頃から高度な教育を受けていなければならない。……そしてそんな余裕があるのは貴族の子供のみ。
以上からして、魔法を使えるのは貴族か、メインキャラたり得る人たちである。
例えば”俺”の兄であるダリウス・ナイトフォールなんかは魔法を使用できる……と”俺”の知識にはある。
さすがは伯爵家の長男、学校を通う前にすでに習得している。
【
魔法は選ばれたものの特権である
】
お、そうそう。
俺が言いたいことをちゃんと書いてくれた。
……もうちょい詳細に書いてくれれば嬉しいけどね。
ま、以上のように魔法は使えても基本一人一個か多くて二個、それ以上は学者レベルの頭脳か、周回中の主人公くらいしかありえない。
その上、習得可能なのは、一属性のみ。
発現したそれか、最も読みやすいと感じた魔法書のそれのみ。
と、ここまで説明すると、魔法弱くね? となるかもしれないが、残念ながら違う。
魔法がなければ成り立たない。
そう言えるほどには、このゲームにおける魔法が重要だ。
【
魔法は全て
】
そうそう。
攻撃にバフを乗せるのも、遠距離に攻撃するのも、回復するのも、全て魔法だ。
例えばアナスタシア。夢見の大陸シリーズのヒロインである彼女は、炎の魔法を使う。握った剣に炎を纏わせ、吹き荒れる炎の波動を放ち、その余波の炎で体の傷を治す。そして所々痛々しく切れていた場所の傷が治り、透け透けになった服がゲフンゲフン、ってなわけだ。
通常攻撃のバフ、魔法攻撃に、回復まで全てして、初めて魔法。
魔法とはその人が思い描く最高の自分なのだ。
【
――トレース、オ◯!!
】
ちっがーう!!
危ないからやめなさい!!
話を戻すと、魔法とは発現、習得した時点で完成されているのだ。
そしてその威力は戦局を覆すもの。とはいえ基礎レベルには依存するが。
そんな魔法の習得が、学校に通う貴族のとりあえずの目標である。
☆ステータス☆
【名前】ベリアル・ナイトフォール
【基礎レベル】1
【技量レベル】1
【魔法属性】不明
【魔法詳細】未習得
【名前】アメリア・クレイトン
【基礎レベル】1
【技量レベル】1
【魔法属性】不明
【魔法詳細】不明
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