少年編 アメリア プロローグ 後

 ルーカスの去った応接室。

 静寂が訪れる。

 

 先ほどまで近くにいたアメリアはスッと俺から離れて、4,5歩ほどの距離から薄い目でこちらを観察している。

 部屋にはあと一人、水色の髪をした、これまたスタイル抜群なメイド服を着た美少女が、ルーカスが出て行った扉の隣で控えている。


 っと……。

 今までうんともすんともしなかった体のバランスが崩れかかって、軽く力を入れて立ち直す。

 

 自由が戻った体。

 首を傾げながら手を握ってみる。

 開いて閉じて、開いて閉じて。

 問題ないようだ。


 次は声を出してみよう。


(んー! んー!!)


 あ、俺に喋る自由はないのね。

 喋ろうとする俺に全く反応しない“俺”の体。ブスッとした唇のまま止まっている。


 仕方がないので、次に応接室に掲げてある鏡を見てみることにした。

 少し離れた場所にあるので、自分の顔が見える角度まで歩いていく。

 そこには、ある意味見慣れた顔があった。


 肩まで長く伸ばした金髪の下、100点中80点があるんじゃないかってくらいのイケメンの素材を、最悪の人相で20点くらいにまで引き下げられた仏頂面の小悪党。

 

 俺の知識に照らし合わせる限り。

 アダルト向けゲーム、「Last Hope 奪われた世界と凌辱の唄」というタイトル通りの凌辱抜きゲーに登場する、どのエンドでも必ず死ぬという最悪な性格ながら最も不運な男の顔が、そこにはあった。


「え」


 という声が漏れた。

 あれ? 自由に喋れる? と思って適当に「あいうえお」でも声を出そうと思ったがうまくいかない……。

 

 なにか喋れる条件みたいなのがあるのかな……?

 でも体の自由があるのは大きい。いざとなればボディランゲージでなんとかしよう。もしかしたら手話でどうにかなるかも知れないし。

 というわけで、


「……」


 先ほどから俺のことを目で追う蔑み目線マシーンを化していた婚約者予定の猫ケモ耳女の子アメリアに向かう。

 アメリア・クレイトン、アメリア・クレイトン、アメリア・クレイトン……。


 頑張って名前を思い出そうとするが……、うーん。残念ながら俺の脳内メモリには存在しない。“俺”の方にはあるみたいで、うっすらと彼女がクレイトン商会の所の娘だというのはわかる。

 

 いずれにせよ、何がどうなっているのか分かってない状態だというのを伝えて、なんでもいいから助けてもらわないと!

 なんだか見てる感じ、アメリアさんは“俺”にかなり悪い印象を持っているようだし、言葉柔らかく……。そうだな、こんにちは、初めましてと挨拶から入ろう!


「貴様如きがナイトフォール家に嫁げるとはな」(こんにちは)


 ん?


「賎民上がりの土豪の類の小娘が、運が良かったな」(はじめまして)


 あれれ?

 ベリアルくん、何言ってんの???

 俺が伝えようとする意思に反して、初っ端から色々とカマす“俺”。


「ベリアル様のご厚意、感謝してもしきれません」


 対してアメリアさんは鈴のような声で話し、丁寧に頭を下げてきた。

 一瞬見えた表情が、前世で彼氏の二股がバレた時、学校にマジで包丁を持ってきた生徒副会長さんにそっくり。ちなみに彼氏が会長で、二股相手は副会長の妹。

 

 だけどここでめげてはいられない。

 今度はもっと意思を強く持って、はっきりとした言葉で伝えよう!


「感謝している暇があったら、浴場で身でも清めておけ!」(こんにちは!!)


 うーん、だめだ。

 口調が終わってるとかじゃなくて、会話に俺の自由意志が介在しない。

 シャワーを浴びて欲しいなんか一ミクロンも思ってないのにこんな言葉が出てるし。……てか、“俺”はなんでアメリアさんにシャワーを浴びさせようとしてるんだよ。別にそんなに臭ってなかったぞ。


「……はい。わかりました」


 あー、もうアメリアさんがフルメタル・ジャケットでマシンガンをぶっ放してる米兵みたいな笑顔をしてるじゃん。その笑顔、戦地でしかできないって普通。

 ……けど、臭うって言われてそこまでガン決まった顔する? 女の子にとってはデリケートすぎる話題だったってことかなぁ……。

 

 え、えーと。とりあえず、なんとか取り繕わないと……。


「分かったらさっさと行け!」(違うんです!!)

 

 取り繕おうとした俺の言葉は一ミクロンも出てこず、アメリアに対して命令する”俺”。

 うん。もう諦めよう。

 ベリアルくんが言うをことを聞いてくれません。


 まるで地雷原に向かうがの如く歩みで部屋から退散するアメリアさん。

 なんかその姿を見ると俺まで胃がキリキリとしてくる……。

 

 はぁ……。

 夢なら覚めて欲しいのだが……。

 そう思いつつ、この部屋に残ったメイドさんのところへと向かう。


 短いポニーテールにまとめた水色の髪、溶岩のように輝く真紅の瞳。抜群のスタイルをメイド服に包んでいる。

 俺も“俺”も見たことのある、絶世の美少女メイド。名前は確か……アズーリ。

 まるで創作の世界から飛び出した存在の前まで歩き、口を開ける。


「何ぼーっと突っ立ってる」(こんにちは)

「失礼いたしました! 何をしましょうか!」


 俺の乱暴が言葉遣いに対して、花咲くような笑顔で返答するアズーリ。

 ずっとブチギレてる生徒指導部長の先生みたいな表情の”俺”に、爪の垢を煎じて飲ませたいくらいに愛嬌たっぷりだ。

 やはりというべきか、まともなコミュニケーションは難しいようだ。


「部屋に戻るぞ」(あいうえお)

「ではこちらへ!」


 奇を衒って変なことを喋ってみようとしたが、無理だった。

 せめて彼女にはちゃんと言葉を伝えられたなと思ってたのに……。


 †


 “俺”の自室に戻る道中、状況を整理することにした。


 “俺”はベリアル・ナイトフォール。

 憑依なのか、転生なのかはわからないが、俺が今、彼の体の主導権を握っている。……言論の自由はないが。

 って、そんな憲法違反じゃないか的なことはいいとして、俺の後ろに控えるメイドの彼女の方が大事だ。


 アズーリ・ナイトヴェール。

「Last Hope 奪われた世界と凌辱の唄」――今後略称のLHと呼ぶが、そのゲームの中で最も有名な登場人物。

 

 アズーリの登場するシーンはネットミームとして世間を席巻し、数多い日本発の世界的なネットミームの仲間入りも果たしている。

 実際にその作品をプレイしたことのない俺でも知っているほどのもので、そのシーンは人々の記憶から風化することはなかなかないだろう。

 

 その内容とは、とある闘技場。

 LHの主人公であるウェルターくんとの一騎打ちの結果、力尽きて息絶えた少年。

 それまで決闘を見守っていたアズーリが観客席から歩いてきて、物言わぬ死体にしゃがみ込み、


 ――遂にやりましたね、ウェルターくん。あなたの人生に幸あれ。そして、さようなら。


 と言うセリフと共に、ウェルターくんの目の前で大破裂するもの。

 

 それはもうものすごいグロテスクさで、飛び散った肉片を顔にうけたウェルターくんが絶望と恐怖の表情をし、そこで原作LHとは関係のないテンポのいい曲が流れるという動画ミームである。

 とある火星の王が止まらせないミームと並んで、実況動画のキャラ死亡シーンとかで使われる。


 LHをプレイしていない俺でも、当時はかなりの衝撃を受け、その結果プレイしていないにも関わらず、LHのことを色々と調べたものである。

 目の前にいるアズーリさんのこと、LHの主人公のウェルターくんのこと。それで記事の関連リンクなども適当に眺めていて、それで知ったのがベリアルくんである。

 何を隠そう、ウェルターくんと死闘を繰り広げたのちに殺害された人こそ、ベリアルくんである。


 無駄に長い廊下を歩き、着いたのが自室前。

 

 ベリアルくんに憑依した俺なのだが、どうやら“俺”であるベリアルくんの知識とかもかなり自然に混ざっていているようだ。

 過去に俺が何をしたとかそういった記憶はないが、ここがオルディア共和国の首都郊外にあるナイトフォール伯爵家だとか、そういった知識については問題なく分かった。

 

 自室の場所まで問題なく辿り着けたのは、その知識のおかげである。


「さっさと失せろ」(ふぅ)


 息を吐くようにして暴言を吐く”俺”。

 一息つこうとしただけなんだけど……。

 

 何が楽しいのかわからないが、軽快なステップで廊下を戻っていくアズーリ。

 その後ろ姿に申し訳ない気分になりながら、俺は自室の部屋を開けた。

 

 趣味の悪い目立つ赤や金の装飾だらけの家具が並べられ、意匠がこられている絵画や彫刻があちらこちらにこれでもかと飾り付けてあるうるさい部屋。

 こんなところに住んでいる神経が理解できないレベルの酷さだったが、それらを見なかったことにして、やたらとふわふわな天蓋つきベッドに飛び込む。


 もう疲れた。

 このまま寝てしまえば、目が覚めたら日本だ。

 そう願って目を閉じた。


††††††††††††


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