少年編 アメリア プロローグ 前
「ハ――ッッ!!」
息苦しさから大きく空気を吸い上げる――。
徐々に明瞭になる視界。
俺は、赤を基調に様々な幻想の動物が刺繍されているカーペットに膝をついている……。
立ちあがろうと足に力を入れてみるが――、
「…………ッ!」
自由に動かない。
体は岩石のように固められ、口も縫い付けられたように開かない。
……いや、呼吸とかそういったことに問題はないけど、意識的に体を動かそうとしても、びくともしないのだ。
金縛り、と似たような……。
一体何が起きてるんだ??
軽くパニックになる俺だったが、俺のいる部屋に聳える重厚な扉が、蝶番の金属が擦れるような音と共にゆっくりと開かれ、鋭い眼光を放つ男が姿を現した。
その男については……、なぜかよく知っている。
デジャヴとかそういう既視感レベルものではなく、もっと鮮明な……。
その男の名は……ルーカス・ナイトフォール。伯爵家ナイトフォール家の当主……のはず。
「ベリアル」
低く、そして威圧的に感じる声が部屋に響き渡る。
ルーカスの言葉に応じて、”俺”の体は立ち上がる。
“俺”は……、ベリアル・ナイトフォール。ルーカスの庶子であり、常に家では煙たがられていた存在……だったはず。
いや、しかし……。俺には、日本で過ごしていた大学生としての記憶も……。
今更自身の二面性に気づいて困惑することなんて夢にも思わなかったけど、……今の状況はもう少し複雑な気がする。まるで、ベリアルの体に、俺と“俺”の二人の魂が入ってるような……。
そんな当惑する俺と無関係に、“俺”の体は父の目を避けるように視線を落としながら、ゆっくりと父の前に進んだ。
「紹介しよう。彼女はアメリア・クレイトン、お前の婚約者だ」
父上――ルーカスの感情がこもっていない冷淡な声が応接室に響く。
俺の隣に立つ少女、おそらく彼女こそ、ルーカスの言うアメリアだろうか。
艶やかな黒髪が目立つアメリアは、小さく頭を下げて微笑を浮かべたが、その瞳の奥には明らかな恐怖が見て取れた。
“俺”は彼女に視線を向けたが、次の瞬間には再び床を見つめた。
「なぜ、私が?」
絞り出すような声をあげた”俺”の問いかけに、ルーカスは事務的で感情のこもっていない表情で答える。
「ナイトフォール家がこの婚姻によって得られる利益は計り知れない。お前にはそのための駒となってもらう」
混乱していながらも、恐らくこれは政略結婚の類だろうということだけは理解できた。
だからと言っていきなりこんな場面に引き摺り出された理由も、意味もわからない。
今すぐにでも何が起きているんだと叫びたかったが……、体は全く動かせない。
そんな俺の肩に、アメリアと呼ばれた少女はそっと手を置いた。
「お会いできて嬉しいです、ベリアル様」
彼女の優しい声に、“俺”は初めて彼女の顔をしっかりと見た。
その瞬間、俺の心に小さな希望の光が差し込んだ。
このよくわからない状況の中で、彼女は唯一の味方かもしれない。
見てみて欲しい。くりんとした大きく意志が強そうな左右で違うサファイアと琥珀の瞳。光沢を放つ流れるような長い黒髪。頭上で小さく尖っているケモ耳に、赤く目立つ振袖。
アニメの世界からそのまま登場! 和装黒猫系美少女! というキャッチコピーで紹介されたら、その特徴的なオッドアイ以外は解釈一致しそうな。
……しかしとてつもない美少女だなぁ。顔だけじゃなく、少年かと見紛うほど慎ましくもスラリとしたモデル体型も含めて。
……あれ? 心なしか開き切った瞳孔の奥に怒りの焔が見えた気が…………。
「アメリア……クレイトン!」
まるで親の仇のように、“俺”は喉の奥底から声を出す。
煮えたぎる”俺”の怒りは相当なもので、アメリアに睨みつけるだけで体が少しずつ熱くなっていくように感じられた。
どうやら“俺”はたいそう彼女が気に入らないらしい。
あれ? なんでだ?
こんな可愛い女の子なんて、山を越え海を越えても見つからないだろうに……。
そんな“俺”の態度に対して、アメリアは再びまるで喜の能面みたいな笑顔を向けてきた。
……それ笑ってるの?
「二人で少し話すといい。結婚生活に向けて、互いを知る必要があるだろう」
そう言って、ルーカスは部屋を後にした。
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