尊大不遜系貴族悪役による凌辱ゲーの壊し方〜破滅フラグを壊すついでに、目が死んだ婚約者を救うことにした〜
全自動髭剃り
プロローグ
†
炊き上がったばかりの蒸し物の旨味が混じった蒸気と、香辛料が強く効いた肉入りのスープの匂いが、立ち並ぶ露店から香ってくる。
見上げる高さの煉瓦造りの建物がずらりと並ぶ間を縫う石畳で舗装された道路の上を、歩く人々をかき分けるようにして馬車や魔導駆動の近代的な車が、ガチャガチャと音を立てながら走り去っていく。
空が眩しすぎない秋晴れの早朝ののどかな市街地では珍しくもない光景だ。
中世ヨーロッパを背景としたファンタジー世界、と断定するには少しばかり科学技術――この世界の場合は魔導技術が進んだ世の中だ。
流石にスマホを片手に歩く人などはみられないが、魔導通信端末なんてものがすでに軍用に開発されているなんて話もある。
だが、残念ながらどこにいても人の営みというのは変わらないものらしい。
「なぁ、お嬢さん。いいもの持ってるみたいじゃねえか」
「俺たちにも見せてくれよ、なぁ?」
武具屋を探して数十分。事前調査によればそれなりに街の中心から離れた場所にあるという話だったが、これほどにまで探し当てられないのであれば、素直に歩行者に尋ねるという高難易度タスクにチャレンジすれば良かったと後悔していた頃。
かなり入り組んだ路地裏に間違って迷い込み、進めば進むほどに細くなっていく道をどうにかして抜け出そうと進み続けた結果、行き止まりにたどり着いてしまったのだ。
「お主らは……」
「俺たちのことなんてどうでもいいだろ? それより、その鞄の中身に興味があるなァ」
3人ほどの男に囲まれて詰め寄られている女の子がいた。
男たちの外見こそはそこらの善良な市民とは変わらないものの、表情を見ればすぐにわかる程には悪人の人相をしており、軽薄そうなガラガラ声を一種の威嚇のように使っている様子からしても、まともとは到底言い難いように思えた。
「……この鞄の中身かの?」
「うんうん、よくわかってるじゃねえか、お嬢ちゃん」
「俺たちが優しく言ってるうちに渡しとけよ?」
この場を見なかったことにして立ち去るのは容易いことだろう。彼らの中に俺の様子に気づいていそうな者はいないし。さらなる面倒ごとが待っていることが確定している中で、飛び込むという選択をしないというのは非常に理性的な判断だ。
だけど……。そんな言い訳が一瞬でも脳裏から出てきてしまうほどには、この数ヶ月にも満たない転生後の生活には色々とありすぎたものだ。
「はァ……」
心を落ち着かせるために、大きく息を吐く。
体の奥底から湧き出るウズウズとした欲求を押さえつけるのに必死だった。
一瞬とはいえ、俺らしくなかったな。
だが、これが大人になるってことだろう?
握り慣れた装飾用の直剣を腰にぶら下げた鞘から抜き取ると、俺は迷いなく声を上げた。
「哀れなメスガキからカツアゲとは、近頃の追い剥ぎどもは、品性も矜持もない下劣で卑怯な腰抜けばかりのようだな」(ちょっと! 女の子が困ってるじゃないですか!)
残念ながら俺の口から飛び出た言葉は、俺の意思とは全然違うものとなった。
一斉にこちらに振り向く男たちと少女の顔を見ながら、心の中でため息が出た。
この世界に転生して以降、俺が抱え続けている問題。
それは、
「あ? 誰だてめえ?」
「痛い目に遭いたくなかったら部外者はとっとと消えろ?」
「痛い目だと? 貴様らの骨髄を捻り上げても同じことが言えるか、楽しみだな」(そういうわけにはいかないな)
「なんだと!?」
俺の言葉が必ず尊大不遜で罵倒口調となってしまうことだった。
例外はほぼない。なんならたまに言語の自由どころか時たま体の自由も奪われる。
歩行者に尋ねる程度の話が俺にとっては無駄に高難易度タスクとなっていることの理由でもある。
「この野郎、正義感ぶりやがって!」
罵りくる追い剥ぎその1。
正義感ぶるやつが骨髄捻りあげるとは言わないと思うし、なんなら哀れなメスガキ呼ばわりされた赤目の金髪少女もこちらを睨んできている。
「人間の生き血を啜るのは久方ぶりだ。貴様らの臓器を一つずつ生きたまま握りつぶしてやるから楽しみにしておけ」(喧嘩しようってわけじゃないから、ここは引き下がってくれないか?)
「……おい、こいつ気が狂ってるぞ」
「ククッ……。ははッ! いいじゃねえか。てめえのことは気に入った。俺たちが獲物を奪い合うこともねえだろ?」
まるで俺を悪党の一員で、少女相手にカツアゲを敢行しようとした一人と思われているようだ。
……まあ、無理もないか。下手するとどっちが悪党かわからないレベルだし。
「そのなメスガキの持てる程度の金銭を欲すると思われるだけでも不快なものだな。下賎な盗人どもらしい浅慮さよな?」(あんたたちと一緒にするな)
「何言ってんだ、この野郎!? ヒーロー気取ってんじゃねえぞ!」
「へー。……俺たちに楯突くことが何を意味するかわかってんのか?」
先ほど俺に歩み寄ろうとした男が、静かな怒りを声に蓄えながら聞いてきた。雰囲気からして、彼がリーダーなのだろうか。
わかっていたことだが、穏便に済ませるのはもう無理だろう。
隙を見つけて逃げるようにと、少女に伝わるかどうかもわからない目配せをすると、
「貴様らが苦しみもがきながら絶望に屈する様を見るのが俺の楽しみだ。せいぜい楽に逝けることを神にでも祈っておくんだな」(わからねえな!)
一歩を踏み込む!
多勢に無勢。不意打ち上等。
未だにこちらに威嚇を続けようとする男たちに、問答無用で肉薄する。
俺の行動に面食らったのか、一瞬たじろいでしまう男の顎を直剣の刀身で殴りつける。
ここを殺戮の現場にしたいわけではないので、無力化することに注力するのだ。
「ぐ……っ!」
倒れ込む仲間を見て、慌てて駆け寄ろうとする男。
追い剥ぎをやっている割には仲間思いのようだ。
対して、リーダー格の男はどこからか取り出したちょっとした長さの警棒を手にしていた。
そして彼は大声で、
「舐めてんじゃねえぞ!!」
咆哮すると、こちらに飛び込んできた。
力任せに振り下ろされる金属製の棒だったが、
「遅いな!」(遅い!)
日々の鍛錬で培った動体視力のおかげなのか、それともこの世界のレベルという法則のおかげなのか、まるで止まっているように見える警棒をひらりと避けるのは簡単だった。
空いている左手で振り下ろされた警棒を握る男の手をひねるように振り払うと、たまらず警棒を取り落としてしまう男。
その胸元に向かって全力で――、
「――ッ!!」
踏みつけるようにして蹴り飛ばす。
足からくる感触は人体の柔らかさというよりも、おそらく服の下に何かのプレート状のものを入れていたであろう、固いものだったために、大きな怪我にはなっていないだろうと予測。
なかったとしても、大きすぎる怪我にならないように加減はしたのだが、これで実力差を感じて引いてくれれば俺としては嬉しい限りだ。
いつの間にか少女のいなくなっているし、ここに長く留まる理由もない。
最後に倒れた仲間に駆け寄っている男に声をかけておく。
「泣きべそをかいて惨めに逃げるか、惨たらしくここで殺されるかを選ばせてやる」(これ以上はもういいだろう?)
「ば、化け物めが……!」
恨めしい視線。
残念ながら追い剥ぎに対して同情をしてやるほどには聖人君子ではないので、俺も少女と同じくこの場を離れることにしよう。
そう思って踵を返した瞬間、
「おい! お前ら、そこで何をしている!」
紺色のプロテクターを身につけた男が、魔導銃を片手にこちらに呼びかけてきた。
†
「全く! どこに行ったの!」
苛立ちのあまりに声が出てしまいました。
首都ホテルで一度別れを告げた私の婚約者ベリアルは、約束の時間をとうに過ぎたというのに、予約したレストランに姿を現しません。
彼のことだから、また何かトラブルに巻き込まれてしまったのか、……それとも引き起こしたのか。
どちらにしても、私との約束を故意に破ったりしない律儀な人だということは知っているので、探しに行くことにしました。
首都繁華街の端に位置する武具屋にベリアルの姿はなく、その周辺で迷い込みやすそうな路地を探し回っていると、
「貴様も血祭りにあげてやろうか?」
そんな人を人と思わないような尊大不遜で傍若無人な声を上げる男の子。
流れるような金色の髪と、エメラルドグリーンの瞳が特徴な、悪人相だというのを加味してもかなり整った容姿の彼は、直剣を片手にプロテクターを着けた旅装束の男と対峙していました。
……プロテクターの色や形からするに、お母さんが雇っている警備員の方だというのがわかります。
「なっ!? この二人はお前の仕業か!?」
意識朦朧としながら倒れている男と、それを介抱している男。さらに少し離れた場所には壁に叩きつけられるようにして座り込んでいる男。
……ピンピンと元気そうに立っているのが、どこからどうみても悪党面の男の子なものだから、現場証拠だけでも彼が犯人だと結論づけられそうな状況でした。
「確認しないとわからんのか、愚図?」
そして未だに悪い方向へと実を進ませ続けようとする言葉を発しているその男の子こそ、
「ベリアル! 何をしてるの!?」
私の婚約者、ベリアル・ナイトフォールです。
ベリアルは私の姿に気づくと、若干狼狽えたように驚くと、
「……!? お前か……」
「お前か、じゃないでしょ!」
苛立ちを隠さずに、ベリアルの方に歩き出す私。
だけど、
「アメリアお嬢様! 危険です!」
警備員の方が制止してきました。
……さすがはお母さんが雇っているだけあって、私の顔も知っていたのでしょう。けど、
「大丈夫です。この人は私の婚約者ですから」
説明を入れて、私はベリアルの詰め寄りました。
「約束の時間から30分も経ってる! 武具屋にも行ってなかったみたいだし、なんでこんなところで喧嘩騒ぎを起こしてるの!?」
「……それは……」
口篭るベリアル。
……少しは申し訳なく思っている様子。
「はぁ……」
いつもと変わらないような様子にため息をつきながら、警備員の方に事情を説明します。
運が良かったことにお母さんの雇っている人だったので私の方で誤魔化しはついたのですが、そうじゃなかったらどうするつもりだったのか。
普段通りの殺意マシマシな仏頂面なのに、道の端で所在なさげにしょんぼりしている、そんな借りてきた犬みたいな表情のベリアルに声をかけます。
「もう行きますよ!」
「え?」
エスコートも何もしてくれないから、その手を私から握りました。
「デートの続き」
少しだけ驚いているような男の子を、
「楽しみましょ」
強引にでも引っ張っていきます。
――それが私たちの関係性なのだから。
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