第151話

「よ、よし、誰もいないわね」


 ミリアはキョロキョロと辺りを見渡したかと思うと、呟くようにそう言って俺たちに手招きをして近づいてくるように促してきた。

 ……ここが路地裏とかだったら、俺たちを殺そうとしてきてるのかと疑うような言葉だけど、人がいないだけで全然開けてる場所だし、仮にミリアが俺たちを殺そうとしてきたところで何かができるとは思えなかったから、特に警戒することなくミリアに近づいた。


「……手、繋いでいい?」


「キュー?」


「あっ、こ、小狐ちゃんじゃなくて、ら、ラムに言ってるの」


「は? 普通に嫌だけど」


「な、なんでよ!」


 いや、なんでって……なんか、癪だから?


「い、一回だけでいいから、ね?」


「……小狐とでも繋げばいいだろ」


 ……これだけ必死だと何かあるんじゃないかと疑ってしまって本当に嫌なんだけど。


「べ、別に小狐ちゃんが嫌いなわけじゃないけど、ち、違うのよ! 私は、あ、あんたと手を繋ぎたいのよ!」


 そう思い、絶対に拒否する気でいたんだが、ミリアは泣きそうな顔をしながら、そう言ってきた。

 ……そんな顔になるほどここで俺と手を繋ぎたいのか? ……意味が分からないんだが。


「……はぁ。取り敢えず、理由を話せ」


 そう思いつつも、正直理由なんて聞きたくもなかったんだけど、俺はそう聞いてやった。

 ……だってこいつ、このままだと本当に泣き出しそうだし、そっちの方が面倒くさいだろ。


「キュー」


「ん? あぁ、お前は別にいいぞ」


 俺の言葉に頷いたミリアが口を開こうとしたところで、小狐のそんな鳴き声と共に小狐の手が俺の手を握ってきたから、ミリアを相手にする時とは違って優しくそう言って、俺は小狐の手を握り返した。


「な、なんで私はダメで、その子はいいのよ!」


 すると、今度はミリアのそんな声が聞こえてきた。

 なんでって……こいつの場合は言う通りにしないと親狐が怖いからだよ。……正直、今もずっと俺たちを見てきている可能性がある……どころか、ほぼ確実に見てきていると思うし、小狐を雑に扱える訳が無いんだ。仕方がないだろう。

 ……仮に、そう、本当に仮に親狐が監視をしてきてないんだとしても、俺は親狐の存在が心底怖いんだよ。監視をしてきている可能性が一ミリでもある以上、逆らえるはずがないんだ。


「なんでもいいだろ。それより、早く理由を話せ」


 俺個人としてはミリアにも親狐の恐ろしさを教えてやりたいんくらいなんだが、親狐が自分の存在をバラされることを良しとするかが分からないから、誤魔化すようにして俺はそう言った。


「…………分かった、わよ」


 すると、ミリアは不満そうにしつつも俺の様子からこのまま聞いても話してくれることは無いと判断したのか、頷いてくれた。


「こ、この木の下で想い人と手を繋ぐと、結ばれるらしいのよ」


 そんなくだらないことを言いながら、ミリアは「こ、これでいいでしょ?」とばかりに手を差し出してきた。

 ……いや、冗談だろ? 王都に来たかった理由が本当にそんなくだらないことなのか?


 俺は思わず柄にもなく天を仰ぎそうになった。

 いくらなんでもくだらなすぎる。

 ……つか、ミリアはミリアでそんなそんなものを信じて……いや、こいつは単純で馬鹿なんだった。そりゃ信じるわ。


「……はぁ。飯でも食いに行くぞ」


「えっ? な、なんでよ! あっ、いや、食事をすること自体はいいんだけど、は、話したんだから、手くらい繋いでくれてもいいでしょ!」


「……はぁ。ほら、これでいいか? いいなら、さっさと行くぞ」


「う、うんっ!」


 本当に一瞬だけだったのに、ミリアは心の底から嬉しそうな様子を見せつつ、頷いてくれた。

 ……やっぱこいつ単純だわ。

 そんなの迷信に決まってるのに。

 だって、仮に本当なんだとしたら、俺はミリアだけじゃなく、小狐とも結ばれることになるんだぞ? そこのところ分かってんのかね。

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