第145話

「俺たちも入るか」


「う、うん」


 タオルを巻いているとはいえ、なるべく小狐の方を見ないようにして、俺はそう言って少しだけ体をお湯で洗い流してから、ミリアと一緒に風呂に入った。

 すると、隣に腰を下ろしてきていたミリアが顔を真っ赤にして、俺の腕に平らな胸を押し付けるようにして抱きついてきた。


「……何やってるんだよ」


「ゆ、誘惑よ」


 ……誘惑、ね。

 ……それをするには大きさが足りな過ぎないか?

 いや、まぁ、いくら無いとはいえ、これだけ押し付けられれば少しくらい柔らかさは感じるし、本当に何も思わないとは言わないぞ? ……でも、余計なお世話かもしれないが、ミリアの場合はもっと違うところを使って何かをする方がいいと思うぞ?


 つか、それ以前に、仮にその誘惑が成功したとしても、俺は絶対に今だけは我慢するぞ。

 ……だって、小狐がいるんだからな。……小狐の前でそんなこと、できるわけが無いだろ。


「……ど、どう?」


「……別に何も無いだろ」


 胸も無いし、思うところもない。

 そういう意味を込めて、俺は言った。


「な、何でよ……た、確かに私はそんなに大きくないけど、ち、ちっちゃいのも良い、わよ?」


「……」


「う、疑うのなら、さ、触ってみなさいよ。……小さくはあるけど、ち、ちゃんと柔らかさはあるのよ? さ、触ってみたら、小さいからこその良さが分かるわよ!」


 別に俺、何も言ってないだろ。

 いや、まぁ実際俺の好みでは無いんだよなぁ、みたいなことは思ってたけどさ。


「馬鹿なこと言ってないで、黙って風呂に浸かってろ」


 本当だったら一人でゆっくり入るつもりだったんだ。

 小狐が風呂の中を忙しなく動き回ってるけど、それに関しては何も言いようが無いから、無視するとして、せめてミリアには黙って貰えるように俺はそう言った。

 

「な、なんでよ! し、娼館に行こうとしてたくらい、た、溜まってるんでしょ? なら、さ、触りなさいよ」


「……抱きついて来てることには何も言わないから、それで満足してろ」


 ミリアは耳の先まで顔を真っ赤にして、そう言ってきた。

 娼館に行こうとしたのは溜まってるっていうか、スキルの為だしな。……いや、まぁそういう欲が完全に無かったのか? と聞かれれば無いとは言いきれないくらいにしたいとは思ってたけどな。


「…………なんであんたはそんなに普通そうなのよ」


 そう思っていると、ミリアが少しだけ拗ねたようにしつつも、抱きついてきている俺の腕からは離れずにそう言ってきた。


「……何がだよ」


 全然黙ってくれる様子が無いな、と思いつつ、俺は口を開いた。

 気持ちを切り替えよう。どうせ小狐とミリアの二人と風呂に入ることになってしまった時点で静かに湯に浸かることなんて不可能なんだから。


「か、顔よ。……わ、私はこんなに顔が熱いのに、あんたは全く熱そうじゃないっていうか、顔が赤くなってないじゃない……」


「俺はスライムなんだから、そりゃ赤くなんてならないだろ。一応言っておくが、むしろお前が赤くなったりする方がおかしいんだからな? アンデッドだろ、お前」


 俺はこの世界のアンデッドなんてミリア以外見た事無い……ことも無いか。スケルトンとかモロアンデッドか。……ま、まぁ、とにかく、イメージ的にアンデッドに普通体温なんて無いだろ。


「そ、それは……た、確かにそうかもだけど……って、え? す、スライムだから顔が赤くならないってことは、も、もしもラムがまだ人間だったのなら、ちゃんと照れて顔が赤くなってたってこと?」


「……どうだろうな」


 否定してやっても良かったんだが、何かを期待したような視線を向けてくるミリアを見ていると、ここで否定したら面倒なことになりそうだったから、俺は言葉を濁した。


「キュー!」


 すると、ミリアが俺に何かを言おうと口を開いていたけど、小狐の鳴き声に遮られていた。

 助かった……と一瞬思ったけど、小狐がこっちに近づいてくるのを見て、俺は一気に血の気が引いた気がした。


「ま、待て、小狐。行くなら、ミリアの方にいけ」


「キュー?」


「……ミリア、頼む」


「……あんたが娼館に行ってしようとしてたことを私としてくれるって約束してくれるなら、いいわよ」


 こいつは何を言っている?

 仮にもお前が好きだと言っている相手の命が掛かってるかもしれないんだぞ!? ふざけたことを言ってる暇なんてないんだよ!


「おい、ふざけたこと言ってないで、説得をしろ」


「……私には朝の借りもあるのよ?」


「朝の借り……?」


「な、何忘れてるのよ! あんたが朝に言ってたんでしょ! 一個貸しってことでいいからって!」


 ……そういえば、そんなこと言ってたな。


「あー、分かった。分かったから、何とかしてくれ」


「ほ、ほんと?」


「……二人っきりになれたらな。小狐の前で出来るわけないし」


「わ、分かったわ。そこは私が何とかするから、絶対よ!」


「分かったよ」


 ミリアの言葉に適当に頷きつつ、俺は内心でそんなことどうでもいいから早く小狐を説得してくれ、と思っていた。

 だって、どうせ小狐から離れてミリアと俺が二人っきりになるようなことなんて無いだろうからな。


 ……仮にそんな自体になったとしても、まぁ、大丈夫だろ。

 一応、ミリアは美少女だし、いくら体型が好みでは無いとはいえ、立たないってことは無いと思うし。男っていうのは別に好きな相手じゃなくたって相手が可愛くさえ出来れば、そういうことくらい簡単に出来るからな。

 ……実際、本当に悔しいことに俺はミリアに平たい胸を当てられて、全然タイプじゃないはずなのに、硬くはなってしまってるんだから。

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