第144話
「じゃあ、俺は風呂にでも入ってくるな」
「ま、待ちなさいよ!」
そう言って、風呂場に向かおうとしたところで、後ろからミリアのそんな声が聞こえてきた。
……まだなんかあんのかよ。
あー、いや、一番風呂に入りたいって話か? それなら、小狐と一緒に入ってもらうことを条件に許可を出せるけど。
「き、昨日も言った通り、お、お風呂、い、一緒に入らない? お、お試しとはいえ、付き合ってるんだから、い、いいでしょ?」
顔を耳の先まで赤くして、ミリアはそう言ってきた。
お試しだからこそ、嫌に決まってるだろ。
俺は普通に一人でゆっくり入りたいんだ。
「キュー!」
そう思い、断ろうとしたところで、ベッドでゴロゴロとしていた小狐のそんな鳴き声が聞こえてきた。
……タイミング的に嫌な予感がするんだが、気のせいだよな?
「キュー! キュー!」
小狐がベッドでゴロゴロするのをやめて、俺に近づいてきたかと思うと、俺の腕を掴み、風呂がある方向に引っ張ってきた。
「……ミリアと──」
「キューっ!」
小狐は俺の言葉をさえぎり、早く早くと俺を急かしてきた。
「……はぁ。ミリア、早く入るぞ」
もう抵抗出来ないことを察した俺は、ミリアにそう言った。
……小狐と一緒に風呂に入ること自体は親狐にとって地雷じゃないと祈ろう。もうそれしか俺に選択肢は無いんだから。
実際、小狐に手を出すきなんて無いからな。
「えっ? う、うん!」
「小狐、一緒に入るのはもう分かったから、ミリアと一緒に入ってきてくれ。分かったか?」
「キュー?」
「あぁ、俺もちゃんと入るよ。……つか、俺は先に入る気だから、逃げることなんて出来ないよ」
「キュー!」
良かった。
俺の言葉を理解してくれたのか、小狐はミリアの傍に移動してくれた。
ミリアならちゃんと小狐に体を隠すようにタオルを巻かせてくれるだろうからな。本当に良かった。
……これで俺は小狐の裸を見なくて済む、はずだ。
そうして、俺は脱衣所で服を脱ぎ、ちゃんとタオルを腰に巻いてから、風呂場に足を踏み入れた。
そこで思った。
……今更だけど、小狐に人化を解いてから入ってくるように言えばよかったな。
小狐の姿なら、間違いが起こるとは思えないからな。
そう思っていると、小狐……ではなく、ミリアが先に風呂場に入ってきた。
ミリアはタオルを巻いている。……別にミリアの体が見たい訳では無いけど、一応、何かの役に立つ可能性だってあるんだから、俺が変身できるようにタオルなんて巻いてくるなよ。
……いや、ミリアは俺が変身スキルなんてものを持っているって知ってる訳じゃないんだから、理不尽なことだってのは当然理解できるけど、俺が娼館に行くのを邪魔したんだからそれくらいのサービスはあってもいいと思うのは俺だけか?
つか、変身スキルといえば、カロンに変身して、あの城の中に入るってのはどうだろう。
あの城の中なら、この前行った図書館よりももっと良い情報が転がってそうだし、カロンに扮しているんだから、騎士達からスキルだって怪しまれることなく簡単に奪えることだろう。
……いや、まぁ、やめとくか。
……騎士達のスキルが簡単に奪えるとなると、ちょっと……いや、かなり魅力的ではあるけど、もしもの時、カロンの姿になれば騎士達に命令することだって出来るだろうし、あいつの姿はそういう時の切り札として取っておこう。
行方不明になったからって、あいつは権力者の息子なんだ。
そう簡単に親が死んだと認めるとは思えないし、いつのタイミングで姿を現しても命令権くらいは残ってるだろう。
「そ、そんなに見られたら、は、恥ずかしいんだけど」
「それがさっき街中で「私を抱きなさいよ!」とか言ってたやつの言葉か?」
「あ、あれは! だって……そ、そういう行為の時は大丈夫、だから! ……恥ずかしい、けど、ちゃんと、出来るから、したい時は何時でも言ってくれたらいい、から。……あっ、出来るって言っても、もちろん、わ、私も初めてだから」
なんか、勝手に俺もそういうことをしたことが無いってことにされたんだけど。……いや、実際したことないし、間違っては無いけどさ。
「キュー!」
そう思っていると、ちゃんとタオルを巻いている小狐がそんな鳴き声を上げながら、お風呂に向かって飛び込んで来た。
……宿についてる風呂にしては案外広いから、そういうことが出来るのも知ってたし、小狐は子供だから、もしかしたらするんじゃないかな? とは思ってたけど、まさか本当にするとはな。
顔にお湯がめちゃくちゃかかったんだが。
「俺たちも入るか」
「う、うん」
タオルを巻いているとはいえ、なるべく小狐の方を見ないようにして、俺はそう言って少しだけ体をお湯で洗い流してから、ミリアと一緒に風呂に入った。
すると、隣に腰を下ろしてきていたミリアが顔を真っ赤にして、俺の腕に平らな胸を押し付けるようにして抱きついてきた。
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