第137話
昨日の風呂は悪くなかったな。
カーテンが閉まっていながらも隙間から入ってくる陽の光をベッドで寝転びながら見つつ、俺はそんなことを思った。
ちなみにだが、俺の腹の上には人化していない小狐が乗っていて、隣には腕に抱きついてきているミリアがいた。
二人とも当然と言うべきか、眠っている。
……今日はミリアにキスをされるなんてことは無かったな。……いや、結局あれが本当にキスだったのかは知らないけどさ。
つか、ちょっと早いかもだけど、もうカロンとの待ち合わせ場所に行くために宿を出ておきたいから、ミリアを起こすか。
……もしもミリアが普通の人間だったらこのままこいつらを起こさないように宿を出るんだが、昨日同様ミリアが理性を保った状態で目を覚ましてくれるかは分からないからな。
ちゃんと起こしてから出る方がいいはずだ。
「おい、ミリア、起きろ」
そう思い、俺はゆっくりと小狐をミリアがいる方向とは反対側に置き、ミリアを起こすために口を開いた。
それと同時に、昨日の夜、ちょっとだけイラッとしたことを思い出した。
……もう眠るとなった時、ミリアが「ら、ラムが望むのなら、き、今日も一緒に寝てあげてもいいわよ?」とか謎に上から目線で言ってきたことだ。
あれは本当にちょっとだけだけど、イラッとした。
昨日は何でか理性を保ってたけど、今日もそうとは限らないから、小狐が襲われる可能性を考えると断れなかったし。
そんなことを思っていると、俺の腕に抱きついてきているミリアの体が少し動いた。
多分、起きたんだと思う。
いつもの石も光が消えてるし、多分起きたんだろう。
「ミリア?」
理性があるのかの確認のために呼びかける。
返事は無い。
「……」
小狐が居るのはミリアの反対側だし、大丈夫だとは思うけど、一応警戒していると、ミリアは抱きついていた俺の腕を動かしてきた。
……いつも理性が無い時は目の前に腕を持っていくといきなり噛み付いてきてたよな? 動かしたりなんてことは一度もなかったはずだ。
そう内心で思っていると、ミリアは俺の視界からは顔が見えない位置で俺の指を昨日同様口の中に入れてきた。
……こいつ、理性がない演技をしようとしてる訳じゃないよな? ……いや、いくらなんでもわかりやすすぎるし、そもそもメリットが無い。……ということは、本当に理性が無いのか? ……瞳が見えないから、分からないな。
ミリアが俺の指に噛み付いてきた。かと思うと、そのまま指を舐め始め出した。
……やっぱりこいつ、理性あるだろ。
昨日もなんか舐めてきてたもんな。
「おい、ミリア」
「ッ」
ミリアの体がビクッと震える。
ただ、それでもやっぱり返事はなく、そのまま俺の指を舐め続けていた。
「おい、お前、理性があるんだろう?」
「……」
「今返事をしたら許してやるぞ? 逆に返事をしないのなら……」
「……い、いま、おひたわ」
それは無理があるだろ。
そもそも、俺の指を口から出してから話せ。
「……理性、あったよな? 何やってたんだよ。後、指を離せ」
「な、何の話よ」
一応、指は離してくれた。
……返事をしたら許してやるって言ったし、まぁいいか。
「取り敢えず、俺は外に出るから、小狐のことは頼んだぞ」
指の傷が治ってるのを確認しつつベッドから起き上がり、俺はそう言った。
「え? き、今日は依頼を受けないの?」
「別に金が無いわけじゃないし、いいだろ? ギルドには明日行けばいい」
「う、うん。別にいいけど……わ、私も一緒に行く、わよ。あの子だって目が覚めたら、絶対あんたと一緒に行きたいって言うわよ?」
だから、ちょっと早いかもしれないけど宿を出ようとしてるんだろうが。
「なんか上手いこと言っといてくれ。……一個貸しってことでいいから」
ミリアにそう言い残して、俺はそそくさと部屋を出て、宿を後にした。
ミリアに貸しを作ってしまったことに思うことが無いとは言わないけど、あのまま問答をしてたら小狐が目を覚ましたかもしれないし、これから奪えるであろうスキルのことを考えると、そんなことはどうでもよかった。
嫌ではあるけど、それと同時にミリアだからまぁいいかって思いもある。
だって、ミリアなら馬鹿だし、俺を好きだなんてことも言ってたし、悪いようにはならないだろう。……多分。
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