第136話

 俺は帰路に着いていた。

 あの後、審判をしていた隊長? が俺の名前を把握していなかったというなんともくだらない理由で中々俺が勝ったことが宣言されなかったら、倒れている騎士に向かって追撃を掛けそうになったのはご愛嬌というやつだろう。


 いや、俺も気がついてなかったけど、審判をするのなら最初に名前くらい聞いといて欲しいよな。

 俺は悪くないと思う。

 ……幸いと言うべきか、カロンの好感度は落ちてなかったっぽいし、決闘前に約束していた通り明日の朝は俺とカロンが出会った場所の近くの噴水? でちゃんとこっそり待ち合わせをすることになったから、別になんでもいいけどさ。


 ほんと、チョロいやつだよな。

 いや、まだ一応全部嘘って可能性も無くはないから、なんとも言えないかもだけど、これで本当に明日の朝、待ち合わせ場所にノコノコとカロンが現れてきたら、あいつはミリアなんかよりもよっぽど間抜けで馬鹿だと思う。

 ミリアもかなりチョロい方だと思うけど、あいつはそれ以上だぞ。……あくまで、本当にノコノコと待ち合わせ場所に来たらの話だけど。




 そして、宿に帰って来ると、ツインテールを解いたミリアの長い髪が濡れていて、ベッドに腰かけながらそれを拭いている姿があった。

 ……ミリアの癖にちょっとだけ色っぽ……いや、気のせいだな。うん。

 ありえないわ。

 

 小狐の方も人化はしてないけど、毛が濡れてるな。

 今風呂に入ったのか。


「ラム帰ったの? おかえり」


「…………ただいま」


 何となく、気分的に俺はそう返事をしておいた。

 ……いつもだったら無視してたかもっと適当な返事をしてたかもしれないけど……まぁ、気分だ。他意は無い。


「キュー」


 小狐は人化せずに風呂に入ったのか、人化して入ったけど、風呂を上がってから人化を解いたのか。……まぁ、別にどっちでもいいか。


「どうした?」


 俺も風呂に入ろうかな、と思っていると、何かにビックリしている様子のミリアが視界に入ったから、俺はそう聞いた。


「えっ? い、いや、だって、ラムが素直に挨拶を返してくれるなんて思わなかったから……」


 え? なに? 俺、こいつの中でどんだけ捻くれ者のイメージなの?

 ……まぁ、確かにミリアに対して対応が雑なのは否定しないけど、挨拶くらい返したっておかしくはないだろ。

 ……まぁ、その挨拶を返したのは普通に気分だったから、正直ミリアの反応は間違ってないのかもしれないけど。


「あ、も、もちろん嫌だった訳じゃないのよ? その、う、嬉しかったわ」


「あそ。それより、今風呂に入ったのか?」


 見たら分かるけど、一応そう聞いた。


「う、うん」


「別にいいけど、随分遅かったんだな。俺はてっきり帰って直ぐに入るものだと思ってたんだが」


 ミリア達と別れた時点で小狐が風呂に入りたそうにしてたからな。

 帰ってきてミリアの髪が濡れてるのはちょっと予想外だった。


「あ、あんたのことを──べ、別にいいでしょ」


 さっきから顔が赤かったけど、更に顔を赤くして、そう言ってくる。

 まぁ、良いか悪いかで言われたら、どうでもいいし、別にいいんだけどさ。単純に何となく気になったから聞いただけだし。


「俺も風呂、入ってくるわ」


「う、うん。わ、分かったわ。……あっ、ね、ねぇ、ラム?」


「何だ?」


「あ、明日は……その、今度こそ、い、一緒に入らない? わ、私たちはパーティーメンバーなんだし、やっぱり、野宿とかをする時にお互いの肌を見る機会だってあるでしょ? だ、だから、今のうちに安全なお風呂場で慣れておいた方がいいと思うんだけど……」


 これでもかというくらいに顔を真っ赤にして、ミリアはそんなことを提案してきた。

 王都の街に入る前にも思ったけど、恥ずかしいなら言わなきゃいいのにな。

 ……ただ、今回はあの時と違って一応ちゃんとした理由があるのか。

 それなら、一考する価値はある気がするけど……小狐の存在がなぁ。

 いや、別に人化をしないで入ってもらえば大丈夫か? 人型じゃない状態のただの小狐に欲情するとは思えないし、ありではある、か?

 問題は親狐がその辺をどう見てくれるか、だよな。

 ……やっぱり少しでも命に関わる危険がある以上、やめといた方がいいな。

 これが命を懸けても良いと思えるほどのメリットがある話ならともかく、別にそこまでの話じゃないし。


「気が向いたらな」


 そう言い残して、俺は一人で風呂場に向かった。

 この世界に来て初めての風呂だ。

 ちょっと楽しみだったりする。

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