第125話

 ミリアへの餌付け行為がもうとっくの前に慣れてきた頃、小狐は肉を全部食べ終わったみたいで、俺の服の裾を引っ張ってそのことを伝えてきた。


「あぁ、食べ終わったのか。追加で頼むか?」


 そう聞くと、小狐は首を横に振っておかわりが必要ないことを伝えてきた。

 意外だな。

 小狐ならまだ全然食べられるだろうし、どうせ追加で頼むことになるんだろうなって思いながら言った言葉だったんだけど……まぁ、必要ないって言うのなら別にいいか。


「そうか」


 小狐とそんなやり取りをしつつ、最後の一切れの肉をミリアに食べさせた。

 俺はもうこのミリアへの餌やり行為は慣れたけど、ミリアの方はまだ全然慣れてないのか、恥ずかしそうに咀嚼をしている。


「ミリアの方も追加で頼んだりしないよな?」


「う、うん。……私も、もう大丈夫、よ」


 こいつ、ほんと……いや、もういい。なら、さっさと店を出よう。

 

 そして、ミリアに会計をしてもらった結果、ミリアの手元からは約銀貨五枚程が飛んでいた。

 不満とか出ないのかね。

 俺だったら、普通に不満しか出ないと思うんだが、馬鹿だから気がついてないのか?

 

「そ、それで、これからどうするの?」


 未だに顔を赤くしてそう聞いてくるミリアを見て、俺は「あぁ、気がついていないんだろうな」とさっき出たばかりの疑問の答えが出ていた。


「自由行動でいいだろ。お前らは風呂でも入ったらいいんじゃないか?」


 暗に昨日は結局入らなかったんだからな、という思いを乗せ、俺はそう言った。

 さっき小狐が入りたそうにしてたし、俺が入れる訳にもいかんから、ここでミリアが頷いてくれたらちょうどいいんだが……どうだ?


「あ、あんたはどうするのよ? い、一緒に、は、入らないの?」


「少し前にそれは気が向いたらって言っただろ。俺は適当に街を回って、帰ったら入るよ」


「な、なら、私も​──」


 一緒に街を回ろうとしてくるミリアの言葉に重ねるようにして、俺は言う。


「小狐が風呂に入りたそうにしてたから、頼むよ」


 ミリアの耳元に近づき、小狐には聞こえないようにして。

 ……小狐にこれを聞かれたら、俺にも一緒に入ろうとか言ってくるかもしれないしな。……さっきは何とかお茶を濁せたけど、今度もそう上手くいくとは限らないし、聞かれないに越したことはないはずだ。


「ち、近い、わよ……」


「本来なら俺はお前に肉を食べさせてやる必要なんて全く無いのに、ミリアのわがままを聞いてやったよな? もちろん、頷いてくれるな?」


 小狐の報酬分が含まれていたとはいえ、ミリアの金だし、なんなら一番得をしているのは俺だから、わがままを聞く理由が無いわけでは無いかもだけど、俺は有無を言わさぬ雰囲気を纏ってそう言った。

 まぁ、さっきミリアに食べさせてやってたのは単純にミリアに俺のことを重ねてしまったっていうのと、気分が良かったからなんだけど、そんなこと、こいつは知る由もないし、頷いてくれるだろう。


「わ、分かったから! 分かったから、は、離れなさいよ!」


 よし、案の定、頷いてくれたな。


「キュー?」


「小狐、お前はまたミリアと行動な。ミリアに着いて行ったら、良いことあるぞ」


 小首を傾げている小狐に向かって、風呂という言葉は使わずに説得を開始した。


「キュー!」


「なら、後は任せたわ」


「う、うん……ね、ねぇ、帰ってきたらでいいから​──」


 そして、俺は二人から離れ、一人になった。

 ……少し前までは小狐のせいで一人になることなんてめちゃくちゃ難しかったのに、今じゃこうやって簡単に……簡、単? ……ま、まぁ、簡単に一人になれるな。

 

 ミリアに言った通り、街でも回るか。

 王都なんだし、街を回るだけでも人間のことを知れることだろう。……多分。

 息抜きにもなるだろうし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る