第91話

 明確な証拠を見つけてしまった。……と同時に、宿が……いや、宿を含めて、宿の周りがざわざわとしだした。

 窓から外を見る。

 すると、そこには騎士たち、ざっと10人以上が俺のいる宿に向かってきていた。


 それを見て、あの店員を始末しに行かなかったことは正解だと思った。

 ただ、問題は当然枕元に残っている。

 ……これ、どうしよう。

 い、いや、あの騎士たちの目的が俺じゃない可能性だってあるだろう。

 

「すぅ、ふぅ」


 待て。一旦、落ち着こう。

 窓から騎士の歩みを見る限り、かなり遅い。

 多分、そういう演出なんだろうが、それはどうでも良くて、まだ時間はあるってことだ。

 焦らなくていい。


 今パッと思いつく作戦は二つだ。

 一つはシンプルにシラを切る作戦だ。

 あの店員からこの服を俺が買ったことを聞いてあいつらがここに来ているんだとしたら、服の存在はバレているし、俺がこれを持っていたってなんら不思議は無いはずだ。

 ……それが通用するかは別として、だけどさ。……そもそもの話、嘘を見破る道具だったり、スキルを持っているやつがいるという可能性もあるわけだしな。……まぁ、そんなところまで考え出したら、今の俺にはどうしようもないし、諦めるしかないから、考えないんだけどさ。


 それより、二つ目だ。

 二つ目はこの服を何らかの方法で絶対に見つからないように隠して、誰かにあげてしまった、また捨ててしまったとでも言うことだ。

 ……急ぎで考えた作戦とはいえ、無理がありすぎるな。

 と言うか、ミリアが話に加わってきたらどうするんだよ。

 服を買ったのは一人になった時だって言えばいいけど、捨てた、又は誰かにあげた、なんて嘘は直ぐにバレるだろ。

 まさか買って直ぐ……一人でいる時に捨てたなんて明らかな嘘を言えるわけが無いし、夜に外に行って​─​─みたいな話は余計に怪しまれる原因を作るだけだから、俺は夜の間はずっと宿で眠っていたってことにする方がいいに決まってる。


 ……ダメだな。どっちの作戦も穴だらけだ。

 もう最悪、ミリアを見捨てて、小狐だけ連れて逃げるか?

 ミリアの正体がアンデッドだということをバラして逃げれば多少の時間稼ぎにはなるだろうし。

 ……まぁ、その結果逃げられたとして、俺がどうなるのかは分からないんだけどさ。

 小狐が俺に怒りでもした瞬間、俺は終わりだからな。……それは本当に最後の最後の最後の手段、ということにしておこう。




​───────​───────​──────



 

「少しお時間よろしいだろうか?」


 分かっていたことではあるんだけど、とうとう俺の部屋にノックの音と同時にそんな声が響き渡ってしまった。

 考えるまでもなく、さっき窓から入ってくるのを見た騎士だろう。


「は、はい、も、もちろんです!」


 俺には心臓が無いからこそ、初めて街に入った時同様、どれだけ緊張しても顔に出ることは無かった。

 なら、何故こんなにテンパった様子なのかと言うと、それが演技だからだ。

 普通の人にとって騎士というのは、あの時のミリアの様子を見ている限り、貴族というものと同じ……は流石に言い過ぎかもだけど、それくらい遠い存在だと思うんだよ。

 それなのに、一切緊張した様子無く出迎えられる、というのは騎士達から不自然に思われるだろう、と思っての演技だ。

 まだ人間だった頃のあの世界とかで、例え何もしていなくたって警察にいきなり話しかけられたらテンパって挙動不審になってしまうのと同じ原理だと思う。

 ……俺はそんな経験なかったから、それが本当かは知らないけど。

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