第90話

「……最悪だ」


 思わず、独り言なんて滅多に吐かない俺が独り言でそんなことを呟いてしまうくらいには最悪だと思っていた。

 

 あの忌々しいギルドの受付の人間のせいだ。

 あいつを苦しめて殺せたことに気分を高揚させすぎて、ギルドを潰した後にしようとしていたことを今の今まで完全に忘れていた。

 馬鹿すぎる。……ミリアのことを言えないくらい、馬鹿すぎる。


 小狐を優しく俺の胸から持ち上げ、ベッドの上に即席で布団を使って作ってやったふかふかの特等席に小狐を退かした後、俺は枕の下を見た。

 ……そう。これだ。……俺はこれを買った時に対応してくれた店員を始末してないんだよ。


 窓から外を見つめる。

 もう辺りは少し暗くなり始めていた。

 ……これだけの時間があったら、あの店にももう騎士の取り調べが入ってるかもしれない。

 ……いや、なんなら、実はもう昨日の俺の姿が何らかの方法で街に公開されていて、あの店員が自分で俺の事を話に騎士の元に向かっているかもしれない。

 ……考え出したらキリがないな。


 クソっ。

 本当に昨日の俺は​──いや、落ち着こう。

 今は自分のミスに苛立つよりも先に、これからどうするか、だ。


 今からでもあの店員を始末するのは間に合うかもしれない。

 ただ、当然何個か問題はある。

 その中で一番の問題は、俺が騎士の強さを知らない、ということだ。

 この街の冒険者たちの実力は把握出来ていて、勝てると思ったからこそ、俺は完全な私情でギルドを潰すなんて真似をしたんだ。

 もしも俺より強いやつがいる可能性が高かったり、ギルドの情報をまだ集められていなかったりしたら、俺は多分、まだギルドを潰していないはずだ。


 つまり何が言いたいのかと言うと、今からあの店員を始末しに行ったとして、そこで騎士に出くわし、そいつは俺が逃げられない程に強かったらどうするんだって話だ。

 ……全部もしもの話だし、この街の冒険者があのレベルだったんだから、と舐めて掛かっても実は全然大丈夫なのかもしれない。

 俺はビビりすぎなのか? ……いや、仮にそうだとして、なんの問題がある? リスクに見合ったメリットがあるのなら、当然多少の危険は犯すが、メリットが無いのなら、そんな危険を犯す意味は無いはずだ。


 だったら、あの店員を今から始末するメリットとデメリットを考えよう。それでどうするかを決めよう。


 まずはメリットだ。

 まだあの店員が何も話をしていなかった場合になるけど、俺の人化した状態の顔がバレない。

 そして次に……いや、待て。

 この世界には監視カメラなんてもの、無いよな? ……少なくとも俺が目視で確認した限り、それらしきものはまだ見たことがない。

 別にあの店員が何かを話していたとしても、顔はバレないんじゃないのか? 

 俺の髪色もスライムだからか青とこの街を歩いていた限り珍しいものじゃないし、案外大丈夫なんじゃないか?

 まだ俺は自分の顔を確認したことが無い以上、顔になにか、それこそ一発でそいつだと分かるような特徴的なものがある可能性はあるけど、それはまだ確認のしようがないしな。

 ……一応窓を反射させて顔を確認しようと試してみたんだけど、輪郭がなんとなく分かるだけで顔自体は何も分からなかったしな。

 

 ……流石に希望的観測が過ぎるかな。

 でも、その希望的観測がすぎる考えを考えていたうちに、デメリットの方もなんとなく纏まってきてるんだよな。


 一つ目はさっきも思った通り、俺より強いかもしれない騎士と鉢合わせてしまうことで、もう一つは、あの店員がとっくの前に俺の事を話していた場合だ。

 もう俺の話を暴露されている状態でそいつを始末なんてしたら、俺が犯人だと自白しているようなものになってしまう。

 ミリアがいる手前、あの店員を始末して直ぐに街から逃げるという選択肢が取れない以上、少なくとも明日まではこの宿に居ないといけないし、そんな自白をしてしまったら、騎士たちがこの宿に突撃をしてくるかもしれない。……さっき考えた、監視カメラのようなものが無いだろうから、俺の顔なんてバレないんじゃないか? って考えはあくまで俺の希望的観測だし。

 ……いや、突撃をしてくるかもしれないのは今もそうだけど、仮に俺が何もしなかった場合、もう少し平和なものにはなってくれるはずだ。

 ……この世界の権力者以外の人権がどうなってるかが分からないから、確証は無いけど、全てを暴露してしまっているあの店員を始末という自白さえしなければ、言い訳をすることくらいは出来るはずだ。


「……はぁ〜」


 色々と考えた結果、俺はあの店員を始末しないことにした。

 ……かなり焦った状態で考えたメリットデメリットだし、本当はもっといい選択肢があるのかもしれないけど、少なくとも、今の俺にはこれが最善だと思う。

 ……俺を信じよう。

 最悪、ここに騎士が突撃してきたとしても、明確な証拠がない以上、ミリアが庇ってくれ​​──って、あるじゃん。明確な証拠。……今、俺の枕の下に。

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