第84話

「小狐はちゃんとそこにいろよ」


 昨日と同じような感じで目を覚ましたミリアの体を抑えつつ、俺はそう言った。

 昨日みたいに油断していなかったから、今日はミリアに腕を噛まれる、なんて事にはなっていない。

 

 ただ、いくら押さえ込んでいてもミリアの正気が戻る様子は一切見えない。

 ……やっぱり、腕を噛ませるか?

 昨日ミリアはいつもより早く起きれたって言ってたもんな。その原因が本当に俺の腕を噛んだからだって理由は全然あり得ると思うし。

 

「はぁ、仕方ない、か」

 

 ゼツのおかげと言うべきか、俺のスキルのおかげと言うべきか、痛みに耐性は出来てるし、ミリアを押さえつけるのをやめて、間違っても小狐の方には行かないように調整しつつ、俺はミリアに腕を噛ませた。


 当然、血が流れる。

 ミリアの口元には昨日同様俺の血が付着していた。

 ……こうやってわざと腕を噛みつかせておいて今更何を言ってるんだって感じかもしれないけど、寝起きに他人の腕を結構深く噛み付いている状態で目が覚めるのってどんな気分なんだろうな。

 ……少なくとも、俺だったら絶対に嫌だわ。

 まぁ、俺はただでさえ小狐に気を使いまくりなのに、ミリアにまで気を使うのも朝他人の腕に噛み付いている状態で目を覚ますのと同じくらいに絶対に嫌だから、やめる気なんてないんだけどさ。

 ……そもそもの話、小狐のせいで嫌なはずなのにミリアにまで気を使うことなんて多々あるし、これくらい許してくれなきゃ困る。


「……ぁ、ら、ラム……わ、私、また​──」


「一応言っておくけど、噛ませたのはわざとだから、気にするなよ」


 ……俺を傷つけてしまったことを気にしているのか、俺の腕を噛んで、血が口の中に入ったりして気持ち悪いって思ってるだけなのかは分からないけど、取り敢えず瞳に理性の色を取り戻したミリアに向かって昨日みたいなめんどくさい事になる前に俺は直ぐにそう言った。


「……ほら、よしよし」


 最近は小狐だったりミリアだったりで誰かの頭を撫でることが多いなぁ、と思いながら、俺はめんどくさい事にならないように追い打ちをかけるようにミリアの頭を撫でた。


「……うん。……ラム、好き……」


「は?」


 こいつ、今、なんて言った? 好きとか言ったか? ……俺を? ミリアからしたら男なのか、女なのか、未だによく分かっていない俺の事を、か?

 ……と言うか、俺は普通に嫌いだぞ?


「あっ、い、今のは違くて、ぱ、パーティーメンバーとしてよ! こ、こんな私のことも受け入れてくれてるし……」


 必要以上に顔を赤くしながら、ミリアはそう言ってきた。

 ……いや、アンデッドだし、体温とか……いや、そういえば普通にあるな。……正確には、暖かくなってきている、っていうのが正しいか。

 昨日もそうだったけど、さっき理性を失っていたミリアのことを抑えていた時は生きているのかを疑問に思うほど冷たかったし。

 ……んー、でも、俺の血が思いっきり口元に付いてるし、俺の血で赤くなっているように見えただけかもな。


「あぁ、そういうこと」


 まぁ、パーティーメンバーとしてだったとしても、俺がミリアを嫌いだってことに変わりは無いんだし、どういう理由で好きだとか訳の分からないことを言ってきてたんだとしてもどうでもいいけどな。


「え、えぇ、そうよ!」


「そうか。取り敢えず、ギルドに行くから、口元を拭いて、着替えてくれるか?」


「う、うん。ちょっとだけ、待ってて」


 ミリアの着替えるところなんて見たくないし、小狐を連れて部屋を出ようと思ったのだが、何故か小狐には拒否されてしまった。……けど、まぁ、ミリアが連れてきてくれるだろうし、別にいいか、と思い、そのまま俺は一人で部屋を出た。

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