第85話

「ま、またせたわね」


 ミリアの部屋を出て、宿の入口付近で待っていると、やっとミリアの着替えが終わったのか、背後からそんな声が聞こえてきた。


 ……これが好きな女の子とのデートとかなんだとしたら「全然待ってないよ」とか言うのかもだけど、今から行くのは俺が潰したギルドであってデートなんかじゃないし、ミリアの言葉通り、俺は本当に待たされていたから、文句を言ってやろうと後ろを振り向いた。

 昨日はもっと早く着替えられてたんだからな。文句を言うのは当然だ。


「なんでそんな遅​──」


 すると、俺の視界にはいつもとは違う髪型のミリアが居た。

 ……サイドテール、とか言うんだったか? ……まぁ、それは正直めちゃくちゃどうでもいい。

 そんなことより、問題なのは小狐の方もサイドテールって髪型になっていることだ。


「な、何よ……そ、その子に片方取られちゃったのよ!」


 俺が何も言わずにジロジロと見ていたからか、ミリアはアンデッドの癖に恥ずかしそうに顔を赤くして、そう言ってきた。

 ……だから、遅かったのか? 仮にそうだとしたら、文句なんて言えるわけが無い。

 ミリアだけのせいならともかく、小狐が絡んでいる時点で俺に文句を言う権利なんて無いんだから。


「あー、そうか。まぁ、なんでもいい。さっさとギルドに……どうした?」


 さっさとギルドに行こう。

 そう言おうとしたところで、小狐が俺に近づいてきたかと思うと、外だからか鳴き声を上げることも無く、俺の服を引っ張って目で何かを訴えかけてきた。

 ……似合ってるのかを聞いてきている、ってことでいい、のか?


「似合ってるよ」


 違ったら違ったで褒め言葉なんだし、言って損は無いか、と思い俺はそう言いつつ小狐の頭を撫でた。


「うん!」


 すると、ちゃんと当たっていたみたいで、小狐は嬉しそうな笑顔になった。

 

「わ、私には何も無いの?」


 内心で小狐の様子に安堵しつつ、これで今度こそギルドに行けるな、と思ったところで、今度はミリアが俺の方を見ながら、そんなことを聞いてきた。

 なんでミリアにまで言わなくちゃならないんだよ。

 ……いや、小狐のお気に入りなんだし、ミリアのことも褒めておいて損は無い、のか?

 

「ミリアもいつもと違って新鮮で可愛いよ」


「……う、うん」


 そして、俺はそんな心にもないことを言った。…………ん? 心にも無いこと、だよな?

 ミリアを改めて見つめる。

 特に何も感じない。……いや、なんなら、普通に嫌いだ。……つまり、気のせいってことか。

 まぁ、別になんでもいいわ。そんなことより、これで今度こそ、ギルドに行けるな。

 

 そう思いギルドに向かって進み出し、ギルドまで後半分というところまで歩いたところで、やっとと言うべきか、かなり周りが騒がしくなってきた。


「ねぇ、何か騒がしく無い?」


「何かあったのかもな。……まぁ、俺たちが気にする必要は無いだろうし、さっさとギルドに向かおう」


「うん。でも、ギルドに近づくほど騒がしくなってる気がするんだけど……あっ、ほら! 領主様の騎士様までいるわよ!」


 俺が惚けていると、領主の騎士を見つけたらしいミリアがテンションを上げ、体をくっつけてきながら俺の腕を引っ張ってそう言ってきた。

 ……俺はまだこの世界のことなんて全然知らないし、なんとも言えないんだけど、領主ってのはこの街を自分の領土として持ってる人だと思うし、そんな人の騎士が出てくるってことは、ギルドっていうのはそんなに重要な存在だったのか、単純にギルドを一人で潰せるような人物を恐れて、次は自分のところに来るんじゃないかと疑っているから、騎士を出したのか、どっちなんだろうな。

 ……まぁ、別にどっちでもいいか。

 仮に俺に辿り着けたとしても、まさか俺が魔物だなんてバレるとは思えないからな。

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