第70話

「小……いや、お前は下がってろ」


 ミリアの胸の上あたりに浮いている禍々しいオーラを放っている紫色の石に視線を向けながら、俺は小狐にそう言った。

 一応、眠っているとは思うけど、ミリアに聞かれてもいいように「小狐」とは言わないようにして。


「うん」


 すると、小狐は驚くほど素直に頷いてくれて、俺の後ろから前に出ることは無かった。

 ……まぁ、案外こいつは聞き分けの良い奴だったもんな。


 小狐がここに……いや、そもそもの話、ミリアを気に入っていなかったら、俺は確実に無視していたと思うけど、残念なことに小狐はミリアのことを気に入ってしまっている。

 だからこそ、俺は恐らく危険であろう石に近づいた。


 すると、その瞬間、石の光が強くなった。

 それを見た俺は直ぐに近づいていた足を止め、小狐のところにまで下がった。

 小狐が気に入っている以上、なんとかする予定ではあったけど、そこに俺の命を描ける気なんて一切無い。

 だからこそ、なんの躊躇いもなく俺は下がった。

 これで仮にミリアが死のうが、俺にとってはどうでもいいから。

 小狐に後で何かを言われる可能性はあるけど、それは俺のせいじゃないと納得してもらうしかない。


 そう思いつつ、ミリアの胸の上あたりで浮いている光が強くなった石を黙って見ていると、紫色の石から発せられていた禍々しいオーラが全部ミリアの中に入っていった。


「……は?」


 その瞬間、ミリアが目覚めたかと思うと同時にミリアは俺の方に向かって飛びかかってきていた。

 一瞬殴り飛ばしてやろうかという思考が頭をよぎったけど、明らかに今のミリアは正気を失っている感じだし、その状況のミリアを殴り飛ばせば小狐に怒られると思って、腕を前にだした。

 すると、そのまま殴りかかってくる……訳ではなく、俺の腕に向かってミリアは思いっきり噛み付いてきた。


 人化して怪我をおったのなんて初めてだったから知らなかったんだけど、普通に赤い血が流れるんだな。

 そんな様子を見つつ、俺はどこか他人事のようにそう思った。


 いや、だってさ、痛み耐性スキルがあるって理由ももちろんあるんだろうけど、ゼツに全身を焼かれ続けたあの時に比べれば全く痛くないし、騒ぐほどのものでもないんだよ。


 そうして、俺の腕を噛みちぎろうと歯を立ててきているミリアの体をもう片方の腕で捕まえながら見つめていると、次第にミリアの目に理性の色が戻ってきた。


「……え? あ……え? ぁ……」


 取り敢えず、話を聞かせてもらおう。

 そう思っていたのに、理性が戻ったミリアはそんな声にならないような声を上げて、涙を流し始めた。

 ……こいつ、泣いてばっかりだな。


「ご、ごめ……な、なんで……私、自分で起きれるって……」


 はぁ。取り敢えず、俺はまたこいつを泣き止ませるところから始めないといけないってこと、だよな。

 もう光っては無いけど、地面に転がっている石のことについて聞きたいし、このままじゃ困るもんな。

 

 何度目になるかは分からないけど、内心でまたため息を吐いて、俺はミリアを慰めるために口を開いた。

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