第68話
「それじゃあ、私は部屋に戻って、もう寝るわね」
宿に戻るなり、ミリアがそう言ってきた。
「あぁ、分かった」
「明日も何か依頼に行くのよね? 朝から行くの? それともお昼から?」
ミリアの言葉に頷いて、俺も小狐と一緒に自分の部屋に戻ろうとしたのだが、その瞬間、自分で部屋に戻ると言った癖にまだ戻っていなかったミリアがそう聞いてきた。
……正直全く考えてなかったから、別にどっちでもいいな。
いや、嫌なことは早めにしておくに限るか。
「朝からだな」
「……私、朝はちょっと弱いんだけど」
「なら、置いて──」
置いていくだけだ。そんなことを言おうとした瞬間、小狐に服の裾を掴まれたのが感覚的に分かった。
……はぁ。
「朝になったら起こしに行ってやるよ」
内心でため息を付きながら、俺はそう言った。
「えっ!? あ、え、えっと、そ、そこまでしなくても大丈夫よ! が、頑張って起きるから!」
すると、何故かびっくりするほどにミリアは動揺しながらそう言ってきた。
……なんだ? 男である俺が寝ている間に部屋に入ってくることが嫌なのか? ……いや、でも、ミリアは俺の性別がどっちなのかがあんまり分かってないみたいだし、違うか?
だとしたら、なんだ?
「そうか。なら、俺達も部屋に戻るな」
色々と頭の中でさっきのミリアの様子に対して思うことなあったけど、俺はそう言った。
だって、よく考えたら、別に俺、ミリアのことなんてどうでもよかったし。
気にするだけ無駄だということに気がついた。
「あっ、う、うん。また明日ね!」
「……また明日」
小狐がミリアに対して手を振っているのを見た俺は、嫌々ながらも小さくそう言った。
そしてそのまま、小狐を連れて部屋に戻った。
「それで? 小狐ももう寝るのか?」
それと同時に、俺はそう聞いた。
「キュー!」
すると、そんな鳴き声を上げながら、小狐は俺の事をベッドに向かって押し倒してきたかと思うと、昨日みたいに俺の服の中に頭を入れてきた。
そして、その瞬間、また昨日同様人化を解いてきた。
……は? え? まさかとは思うけど、ちゃんと宿で部屋を取ってて、二台ベッドがあるというのに、こいつは俺と一緒に寝ようとしてるのか?
俺のそんな疑問に答えるようにして、服の中にいる小狐から小さい寝息が聞こえてきた。
もう寝たのかよ。
いや、まぁいい。それならそれで好都合だ。
そう思って、俺は小狐を起こさないようにゆっくりと隣のベッドに小狐を移動させた。
布団もちゃんとかけてやったし、これで文句は無いはずだ。
「キュー!」
俺は自分のベッドにもう一度寝転んだ。
その瞬間、さっきまで確実に眠っていたはずの小狐からそんな鳴き声が聞こえてきたかと思うと、俺の方のベッドにぴょんっ、と飛び移る感じで移動してきた。
「おい。なんでこっちに来るんだよ。小狐には小狐のベッドがあるだろ」
今までの感じからして、流石にこれくらいのことで親狐は来ないだろうと思っての発言だ。
俺はただ事実を言ってるだけなんだからな。
「キュー!」
そんな俺の言葉を無視して、小狐はそのままさっき解いたばかりだというのに、また人化をしてきたかと思うと、もう今度は絶対に離れないと言いたげにそのまま足まで使って俺に抱きついてきた。
そして、また直ぐに眠りについた。
……俺も人化を一旦解いて、スライムの姿になって抜け出してやろうかな。
そんな考えを頭の中に思い浮かべた瞬間、背筋が凍るような感覚が俺を襲った。
……あ、あれ? まさかとは思うけど、親狐が怒ってる……?
「よ、よしよし、是非一緒に寝ような、小狐。か、可愛い可愛い」
小狐の拘束から脱出しようなんて気が一気に失せた俺は、むしろ俺の方からも小狐を抱きしめつつ、そう言った。
その瞬間、さっきまでの感覚が嘘だったかのように消えた。
……怖すぎるだろ。小狐の様子的に大丈夫だと思ってたんだけど、小狐が不満に思う以外にもちゃんと地雷は存在するんだな。これからは今まで以上に気をつけよう。
……ほんと、なんでこうなったんだろうな。あの時小狐を助けなかったら、何かが変わってたんだろうか。
……いや、元々助けるつもりでアイツらを殺した訳では無いとはいえ、その場合はその場合で俺は死んでただろうな。
小狐を見捨てたってことで呆気なく殺されてたと思う。そんな、妙な確信があるんだ。
「……はぁ」
俺も寝よ。
睡眠なんてスライムになった俺には必要ないけど、人化してたら眠れない訳では無いからな。
今日は昨日とは違って外じゃないんだ。わざわざ起きてる理由もないしな。
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