第63話

 小狐を連れて、俺は通りすがりの女性に教えてもらった飯屋に来ていた。

 もうとっくに注文は終えていて、なんなら目の前のテーブルの上に俺と小狐が頼んだ肉料理が置いてある。

 めちゃくちゃ美味しそうで、正直に言うのなら今すぐにでも食べたい。

 ただ、ここで一つ問題が発生していた。

 

 理由としては単純で、小狐は小狐だからだ。

 今は人化のスキルで人の見た目をしているが、元は魔物の小狐。……当然、ナイフやフォークなんて使ったことなんてあるわけが無い。

 だからといって、こんな人が繁盛している店で人の見た目をした女の子が素手で飯を食ってたらおかしいだろう。


「キュー……」


 周りの人に聞こえないように、小狐は小さく俺に鳴き声を上げてきた。

 ……早く食べたいって言ってきてるんだろうな、多分。

 俺がさっき素手で食べようとした小狐を止めたからな。肉が目の前にあるのに、お預けを食らってるんだ。早く食べたいのは当然だろう。


「……分かってるよ。……ただ、素手で食べるのはダメなんだよ​──って、それもダメだから、ちょっと待て!」


 俺が素手で食べるのはダメだと言った瞬間、小狐は手を使わずに顔を目の前の料理に近づけて、口だけで食べ始めようとしたから、俺は直ぐにそれを止めた。

 確かにその見た目で素手で食べるのはダメだけど、手を使わずに食べるのもダメなんだよ。


「ほら、取り敢えず、これとこれを持ってみてくれるか? 早く食べたい気持ちは痛いほどわかるけど、ダメなんだよ」


 なんで俺がこんなに小狐に対して気を使わなくちゃならないんだ、とは思うが、俺は優しくそう言った。

 本当は俺だって俺の目の前に置いてあるこの世界に来て初めての料理を早く食べたいんだから、小狐の気持ちが分かるっていうのも嘘では無い。


「見てろよ? 俺がやってみるから、ちゃんと俺の真似をするんだぞ?」


 そう言って、俺はナイフとフォークを使って目の前の肉を切った。

 そしてそのまま、フォークを使ってその肉を口に運んだ。

 ……なにこれ。めっちゃ美味い。

 この世界に来て初めての食事ってことで色々な補正が入っているのかもしれないけど、美味いことは間違いがなかった。


「あっ、わ、分かったか?」


 あまりに美味しかったから、すぐにもう一口食べようとしたところで、小狐がいることを思い出して、手を止めつつ俺はそう聞いた。


「キュ、キュー? ……キュー!」


 すると、全然小狐は肉が切れないことに痺れを切らしたのか、ギュッ、とした感じで手に持っていたフォークを肉に突き刺したかと思うと、そのまま肉を噛みちぎるようにして食べ始めた。


「……分かった。分かったから、それ、一度置いてくれるか?」


 美味しそうに食べていた小狐だったけど、俺の言うことはちゃんと聞いてくれるみたいで、肉を置いてくれた。


「俺が切ってやるから、少し待ってろ」


 本当になんで俺がこんなことを……と頭の中で色々と愚痴を吐きながら、俺は俺が使っていたナイフとフォークで小狐の肉を食べやすいように全部切ってやった。


「……はぁ。ほら、これで食べやすくなっただろ?」


「キュー!」


 小狐は余程嬉しかったのか、笑顔で鳴き声を上げ、ナイフを置いてフォークで肉を食べ始めた。

 ワイワイと周りの人間が色々と声を上げて喋ったりしているから、小狐の鳴き声は周りに聞こえたりしないだろうし、別に気にしなくてもいいか。

 というか、俺ももう小狐なんかに構ったりしないで、早く飯を……目の前の肉を食いたい。

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