第26話

「珍しいお客さんかと思えば、随分と乱暴なお客さんだね」


 俺が小狐に対して内心で色々と思っていると、今まで感じていた圧と共にそんな声が聞こえてきた。

 その瞬間、本能的なものなのか、時が止まったような気がした。


「緊張してるのかい? 安心しなよ。せっかくのお客さんだ。僕は何もしないよ」


 中性的な声、中性的な見た目……それだけを見ればただの人間にしか見えないが、この圧が目の前の存在は人間なんかでは無い者だということを嫌でも分からされてしまう。


「むしろちゃんと持て成すさ。ほら、紅茶でも飲むかい? ……君は飲めるのか分からないけどね」


 本当に俺たちに何かをしてくるようなことは無さそうだ。

 ……つまり、油断してるってこと、だよな。


「ほら、取り敢えず、椅子にくらいはおいで」


 目の前の男……? 女……? がそう言うと、何も無いところから突然元あった机と椅子の近くに新しく椅子が二個ほど現れた。

 

「君たちにとっては少し高かったかな? 僕が運んであげるよ」


 俺たちが動き出さないのを見て、何を勘違いしたのかその存在はそう言って、まずはとばかりに俺の体を持ち上げて椅子に運ぼうとしてきた。

 ……あれ、今、強奪スキルを発動させたらスキルを奪えるんじゃないか?

 ……いや、小狐の例がある以上、絶対では無いけど、試す価値はある、よな。

 腕の中に抱えられている以上、仮に奪えたとしてもその瞬間スキル関係なしの単純な力で潰される可能性はあるけど、こんなチャンス油断してるとはいえなかなか無いと思うんだよ。

 だから、今やるしかない。


(強奪!)


 そう思い、敵対の意志を勘づかれる前に俺は強奪スキルを発動した。


【個体名ゼツから一部スキル、空間作成Lv2を強奪に成功しました】


 そんな言葉が頭の中に鳴り響いた瞬間、俺たちがいた空間が椅子や机、そして最初から置かれていた紅茶が崩れるように壊れた。


 良し! 奪えた。

 一部スキルって言葉からして全部は奪えなかったみたいだけど、小狐と違って奪えたんだ。それだけで今は十分だ。

 

「ん? あれ、おかしいな」


 スライムだからこそ俺のそんな内心の喜びは表に出ることなんてなく、俺の事を抱き抱えながらその存在……ゼツは困惑したようにそう呟いていた。

 ……まだ俺にスキルを奪われたことに気が付いていない? 


「少し待ってね」


 ゼツはそう言って俺の体を下ろそうとしてきた。

 気が付かれてないのなら、もう一度強奪スキルを発動してスキルを奪っておいた方がいい、よな。

 スキルが無くなっていることに気が付かれたら間違いなく疑われるのは俺だし。

 ……多分、ゼツがスキルを奪われたことに気がついていないのはそんなことありえないと思ってるからだと思うしな。……強奪スキルってユニークスキルみたいだし。俺以外に持ってないスキルだからな。


(強奪!)


 なんか圧が強いだけで割と良い奴なんじゃないか? と思い始めてきてしまっている俺だが、それでもさっきと同じように強奪スキルを発動させた。

 良い奴だろうが悪い奴だろうが、俺は魔物なんだ。どっちでもいい。

 ただ、俺が強くなるために奪うだけだ。


【個体名ゼツから一部スキル、不死身Lv2を強奪に成功しました】


 不死身……? マジか。

 これ、もしもスキルを奪えてなかったら絶対勝てなかったんじゃないのか?


「おかしいな。直らないや」


 ゼツはそう呟きながら、俺を下ろした。

 まぁ、もう奪ったんだ。たらればの話なんて今はどうでもいい。

 それよりも、ゼツはまだ俺が犯人だってことに気がついてないっぽいな。


 ……もう一回くらい強奪スキルを発動できないかな。

 相手の手数が少なくなって、俺の手数が多くなるんだから、できるだけ奪っておいた方がいいに決まってるし、単純に今のところ全部絶対に強いスキルだから早く奪いたい!


 そう思っていると、突然ゼツは自分の腕に爪を突き刺した。


「……ん? ……君、まさかとは思うけど、僕になにかした?」


(​──ッ)


 とんでもない圧……怒気と共にゼツはゆっくりと淡々とした口調でそう言ってきた。

 残念だが、もうダメだな。


(超音波!)


 まだギリギリ不意打ちスキルが発動するかなと思い、俺は超音波を放った。

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