第5話 ステラの初恋の人

 ステラ・フォーレは何度も鏡と時計を交互に見ていた。今日は婚約者のデイヴィッドがやってくるので朝からお気に入りの水色のドレスを着込んでいる。髪型はダウンスタイルにするのかゆるく編み上げるか侍女たちが散々悩んでハーフアップに落ち着いた。

 兄の友人で父とも仕事をしている彼とはフォーレ家や父の仕事場で何度か会ったことがある。まだ小さかった頃、屋敷に遊びに来た美しいデイヴィッドにドキドキし、兄の後ろに半分隠れながら見つめていると、しゃがみ込んで目線をあわせて微笑んでくれた。


「やぁ、君がステラだね。よろしく。」


 そう言って1人のレディとして挨拶をしてくれた時からステラの中でデイヴィッドは少し特別な存在になった。淡い初恋のようなものだ。兄にせがんでデイヴィッドの話をたくさんしてもらい、彼の好きなことを少しでも覚えようとした。姉たちはそんな幼い妹の恋を応援するためおまじないを教えてくれたり、自分が可愛く見える服装や仕草を研究することの大切さを説いた。そして母からデイヴィッドと会った時に粗相をしないように今からさまざまな催しに参加し相応しい会話の練習を積むようにしようと促され、淑女教育と並行して父や母の出先について行くことも増えた。

 多くの人に会い、同い年の友人ができ、かわいい洋服や美味しいお菓子の話、美容の話をすることが増え、ステラの過ごす世界が広がっていくと少しずつデイヴィッドのことを考える時間が減り、いつしか初恋は自然に終わっていった。

 だから父から婚約の話を聞いた時は仰天した。それでも憧れだった彼と夫婦になれるのだと思うと、頬が緩みっぱなしだった。早く会いたい、話をしたい、けれどドキドキして顔が見れないかもしれない・・・なんとも落ち着かない気持ちで今日まで過ごしてきた。


「お越しになられました。」


 家令が声をかけにきたので出迎えに玄関に向かうと花束を持ったデイヴィッドが立っていた。父と母に挨拶し、兄と何かヒソヒソと会話をした後、少し恥ずかしそうにはにかみながら、赤くなった顔でステラに花束を手渡してくれた。


「あなたに似合うと思って選んできました。受け取ってくださいますか?」


 続いて何か挨拶をしてくれていたのだか、美形の照れている姿の破壊力は凄まじく、ぼうっと見惚れたままいつの間にか挨拶が終わり、あっという間に庭のガゼボで2人きりのお茶会が始まっていた。

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