第4話 1人目の婚約者の手紙

メモにしてしまった手紙を書き直すため、新しい便箋を取り出そうとしたが、引き出しの中は空っぽだった。仕方なく予備の便箋をしまっている箱を戸棚から取り出して開けると便箋と一緒にオリビアからもらった手紙が出てきた。捨てることもできずかといって目につくところに置いておくこともできずにしまい込んでいたのだ。

苦い記憶が蘇り、箱に戻そうとしたが封筒に入っていなかった手紙が1枚、ひらりと床に落ちてしまった。手に取ると懐かしいオリビアの字が見え思わず読んでしまう。


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今度アルデーリアのお屋敷に来てくれた時は温室を案内するわ。

お父様がいつも花が見られるようにって造ってくださったの。

薔薇の花がたくさんあって花言葉がみんな違うのよ。赤は情熱・愛情、ピンクはかわいい人・美しい少女なんですって。

他にも色々あるから一緒に眺めながら教えてあげるわ。待っています。


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叶わなかった願いがそこに綴られており、愛する人との別れの辛さが鮮明に蘇る。

危篤の知らせを受けて駆けつけたが間に合わなかった。冷たくなった手を握り、何も言えずにただ涙することしかできなかった。婚約を続けるために王城で働きづめなんて彼女はきっと望んでいなかった。友人に戻って頻繁に訪ねた方が良かったのではないか。父はきっとこうなることが分かっていてあの選択肢を与えたのだろう。どちらを選んでも伯爵家の利益となるようになっていた。どちらの選択肢が本当にオリビアを支えることができるか判断できなかったのは自分の落ち度だ。


伯爵家の跡継ぎとして結婚が義務であることは理解している。夫として不自由なく生活を整え、妻を尊重し、家族として信頼を築いていきたいとは思うが、それはエレンハウト家を支える同志のような存在が欲しいという意味であって、男女の愛が欲しいわけではない。

愛する人をまた失うことがこの上なく怖いのだ。自分の一部をもぎ取られ、地獄の底を何年もさまよっているような感覚を二度と味わいたくない。自分が壊れていくだろうこと、そして周りの人々にどんな影響が及ぶかが容易に想像できた。伯爵家に仕えてくれている働き者の使用人たちや領民の生活を守り、皇太子殿下の補佐官として国を支えていかなければならない。正気を失う訳にはいかないのだ。


だから愛することはもうしない。誰も愛することができない。そうしないと立っていられない。


家族に愛されて育ったステラには理想の夫婦像があるだろう。エレンハウス家に嫁ぐばかりに少女たちが夢見るような恋愛はさせてあげられないことを申し訳なく思う。付かず離れずの距離感を保つことをどうか許してほしい。






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