第3話 流行のお店探し

 珍しく早いデイヴィッドの帰宅に家政婦長のマーサと家令のロドリゴの2人が慌てて出迎える。


「あらまぁ、こんなに早くご帰宅なされて!ご体調がよろしくないのですか?さあさあこちらにお座りになって、食欲はございますか?」

「マーサ、体調はどこも悪くないよ、早めに切り上げたんた。夕食は食堂で食べるから準備してきてくれるかい?」


 マーサはデイヴィッドが生まれた時から勤めているため、今でも子ども扱いが抜けないところがある。忙しい両親に変わって愛情を注いでくれた人であるからデイヴィッドもそんな扱いを受け入れている。

 マーサがにっこり笑って厨房に向かう様子を見届けてからロドリゴに上着と鞄を渡す。


「若様、何かございましたか?」


 勘のいい家令は出迎えたマーサにすぐに用事を言いつけてわざと2人きりになったことに気づいていた。


「最近流行りのパティスリーを何軒か知りたいんだ。誰か詳しいものはいないか。」

「パティスリーでございますか?それでしたらエミリアが良いでしょう。あとで書斎にお茶を持って行かせますので場所と特徴をお伝えするように言付けておきます。もちろん他の者には他言しないようにと言含めておきます。」


 少し驚いたロドリゴだが詮索することもなく求めている答えを的確に返してくれる。「他の者」とは主にマーサのことだ。オリビア亡き後、女っ気がないデイヴィッドを心配するあまり、少しでも女性に関連する話題を口にするとそれはもう大喜びするのだが、母のようなマーサに恋愛のあれこれを聞かれるのは恥ずかしく、こうしてコソコソしてしまう癖がついている。


「それとこちらは本日届きましたお手紙でございます。1通はお急ぎのようですのでご確認を。」


 銀製の盆にのった3通の手紙のうち、薄い緑の封筒が急ぎのようで、夕食の前に返事を書くため封筒を確認しながら階段を登り書斎へと向かった。


 玄関ホール中央の階段を上がると中庭が見える。屋敷はコの字型をしており、便宜上階段がある部分を中央棟と呼び、西棟・東棟と左右に分かれている。西棟2階は両親の部屋、東棟2階はデイヴィッドの部屋となっている。代々受け継いだ屋敷はこぢんまりとしているが品よく整えられ、淡いクリーム色の外壁と白い窓枠が太陽の光に照らされると可愛らしい雰囲気を感じることができる。

 エレンハウト伯爵邸の中庭はどの棟から見ても楽しめるように計算されており、その一方で大きなオリーブの木が主要室同士の視線を遮るように立っているためプライバシーを気にする必要はほとんどない。伯爵家の自慢の中庭ということもあり、庭師はいつも忙しそうにしている。

 デイビットが書斎で手紙を書いていると、メイドのエミリアがティーワゴンを押して入ってきた。


「デイヴィッド様、お茶のご用意を致しました。それからパティスリーの件ですが、王城前のメインストリートにあるロザンナという店は苺を使ったケーキが人気で、噴水広場の端に今年オープンしたロクサーヌはパイが絶品ですわ。私のおすすめはアップルパイです。それから川沿いのギュリーは・・・・」


 流れるような説明にデイヴィッドは慌てて書きかけの手紙をメモ代わりにする。


「ご令嬢とご一緒にお出掛けなさるのであればロクサーヌがおすすめですわ、内装がピンク色で統一されていて可愛らしいと評判ですの。テラス席からは噴水が見えますから予約をなさるとよろしいですわ。」


 エミリアは母に頼まれて、時折菓子類や小物を買いに出かけるため流行に詳しく、頼りになる存在だ。


「助かったよエミリア。女性の好きそうなことには疎くてね、また今度プレゼントの候補なんかも見繕ってくれると助かるよ。君も聞いていると思うがフォーレ家の三女と婚約が整いそうでしばらく交流することになったから。」


「・・・ではまずはステラ様のお好きなお色を聞いてきてくださいませ。」


 エミリアはじっとデイヴィッド見つめて何かを考えていたがそれ以上は何も言わずに手早くお茶を入れて部屋を退出した。

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