第2話 二人目の婚約者

「デイヴィッド、考え事か?」


 執務室の奥の方から書類を手にしながらやってきた同僚のエリックに肩を叩かれた。


「昔のことを少し思い出していた。すまない。」


 デイヴィッドは書類を受け取りながら苦笑いした。オリビアが死んで7年も経つというのに春になるとどうしても思い出してしまう。

 当時父から出された条件は達成したとは言えなかったが、エリックの父である貴族院議長のフォーレ公爵に頼み込み、雑用係としてなんとか王宮で職を得ることができた。通っていた学園で出会ったエリックは公爵家の次男だが気のいいやつで、デイヴィッドの事情を汲んで口添えもしてくれた。その結果エリック自身も雑用係として働くことになってしまったのはご愛嬌だ。おそらく公爵はデイヴィッドを餌にして家督を継ぐことができないエリックを仕事に就かせたかったのだろう。

 皇太子殿下の覚えめでたくとは行かなかったがなんとか王宮での仕事を掴み取ったということで、エレンハウト伯爵は婚約継続を認めてくれ、オリビアの命尽きるまで支えることができた。ただし王宮での仕事を休むことは出来ないため、オリビアとは手紙のやり取りが中心となり、ほとんど会うことはなかった。葬儀で久しぶりに見た痩せ細った顔はまるで別人で、強く衝撃を受けた。そばで支えたいと願っていたのに会いに行けなかったことを激しく後悔している。

 オリビアの死後は雑用係を止めることもできたが、悲しみを紛らわせるために仕事に打ち込むことにし、ついに昨年皇太子殿下直属の補佐官となった。

 父の思惑通り、デイヴィッドが仕事で頭角を表すと様々なところから結婚の申し込みが舞い込み始めたが、喪に服したいだとか仕事に集中したいとのらりくらりとかわしていたがついに避けることができなくなり、2人目の婚約者が父によって決められた。

 お相手はエリックの末の妹、ステラ・フォーレだ。16歳の彼女とはフォーレ家で開かれた夜会や昼食会で何度か顔を合わせたことがあるが、瞳の大きな小柄なお嬢様という程度の認識しかない。フォーレ家は二男三女で兄弟の仲もよくエリックから姉妹の話を聞いたが、三女は家族の愛を一身に受けているということと、金髪碧眼のたれ目でフォーレ夫人に一番似ており、公爵が溺愛して甘やかすので、夫人が厳しく教育しているという話がもっぱらだった。

 ステラの社交会デビューとともに婚約を発表し1年の婚約期間の後、結婚式を執り行うことが決まっている。この週末から互いを知るためという名目でフォーレ家に定期的に通うことになっている。


「日曜はうちに来るんだろ?ステラが待ちわびているぞ。母上に屋敷にいるように言われたが、俺は挨拶したらすぐに引っこんで2人きりにするから話題を考えておけよ。ステラは花や宝飾品より甘いものに目がないから、困ったら流行りの店の話をしてやるといい。」


 仕事一筋だったデイヴィッドに7歳下のレディを楽しませる方法などわかるはずもなく、エリックの助言はありがたい。婚約が内定してからステラのことをあれこれとエリックに尋ねてみたが、「本人から聞きだすことが重要でその過程も楽しまなきゃいけない!」と謎の理論を提唱し、ほとんど教えてくれないでいた。しかし面倒見の良い彼は全く教えないということもせず、こうやって適度に情報をくれたりもする。

 デイビットは年頃の侍女たちに流行りの菓子などを教えてもらうため、今日は早めに帰宅しなくてはと決心し、机に溜まった書類を書き進めて行った。












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