2人目の婚約者

水越こはる

第1話 一人目の婚約者

 春の日差しが降り注ぐ穏やかな日曜日、アルデーリア領の教会は悲しみに包まれていた。領主のアルデーリア伯爵の娘、オリビアの葬儀が執り行われた。

 16歳という若さで亡くなった愛らしい娘の死を家族だけでなく友人や領民も深く悲しんだ。病気がちだったオリビアはここ2年間ほどんど寝たきりで領地で静養していたため、社交界デビューしておらず、葬儀に参列した友人は幼馴染や侍女やメイドが数人だけであった。

 その中でもとりわけ皆の注目を浴びたのはまだ若いが凛々しい青年のデイヴィッド・エレンハウトだ。まだ若さが残るが両親譲りの彫刻のように整った顔とすらりとした長身はどこにいても一目置かれる華やかな容姿だ。数年もすれば体にも筋肉がつき、さらに美しくなるだろう。

 伯爵令息らしく亜麻色の短髪は額が出るようにきっちりと纏め、冷静さを装っているが、婚約者であったオリビアの出棺を見ていることができず、緑の瞳が潤み、俯いていた。彼らが婚約者同士として、そして幼馴染として互いを慈しみ愛し合っていたことを知る者は彼の深い悲しみを察した。


 埋葬が終わるまで代わる代わる人が彼に声をかけ、オリビアを失った悲しみをやり過ごす方法を口にした。時間が解決してくれる、熱中できることを探すといい、旅をしてみるなど経験談を元に具体的に話してくれる人もいたが、デイヴィッドはただうなづくだけで精一杯だった。


 上の空で話を聞いていると、いつの間にかオリビアの両親がそばに来ていた。


「デイヴィッド今まで本当にありがとう、あの子はあなたがくれる手紙をずっと楽

 しみにしていたの。」

「お父上にも感謝していると伝えてくれ。」


 デイヴィッドの父、エレンハウス伯爵とアルデーリア伯爵は従兄弟同士にあたり、若い頃から互いの子供達を結婚させようと約束していた。一族同士の婚姻で領地同士の縁を強化し、政治的にも同派閥でまとまることで小さな領地の運営を安定させる狙いがあった。両親の思惑は知らなかったが、快活なデイヴィッドとお転婆なオリビアは馬が合い、婚約は自然な流れで整った。

 だが、オリビアが次第に体調を崩すことが多くなり、14歳の夏頃に流行り病に罹り、治る見込みがないとわかると状況は一変した。伯爵家の跡継ぎの妻は子どもを儲け夫を陰に日向に支えることが求められるがオリビアにはそれが出来きない。本来ならば病気がわかった時点で婚約を破棄し、次の婚約者探しを始める。エレンハウス伯爵も候補者を探し始めていたがデイヴィッドが反対した。


「父上、私の婚約者はオリビアただ一人です。彼女の命尽きるまで寄り添いたいのです。長くて4年だと医者から聞きました。大変な時に離れていくことなどできません。」

「お前の気持ちだけでどうにかなる問題ではない。有力な家の娘たちのほとんどは婚約が水面下で決まっているのだ、家のために一刻も早く行動せねばならない。オリビアは可哀想だが、友人として支えてやりなさい。」


 デイヴィッドも正しい判断だということは理解しているが14歳という若さとオリビアへの愛ゆえ、諦めきれない。


「アルデーリア伯爵夫人はオリビアをとても愛しています。夫人の兄は最近皇太子殿下の側近に選ばれました。ここで縁を切るのではなく、献身的な姿勢を見せておくのも得策かと思います。私の次の婚約者探しも夫人から口添えして貰えば皇太子殿下と懇意の家を紹介してもらえるかもしれません。今一度お考え直しください。」


 伯爵はじっとデイヴィッドを見つめた。


「では1年だけ猶予を与えよう。それ以降はお前の努力次第だ。

 誰かの伝手で口添えをしてもらうなど不確定要素が多すぎる。お前が王宮に出仕し、殿下に顔を覚えてもらいなさい。おそばにおいていただけるようになれば、婿にと声をかけてくださる家もあるだろう。オリビアと我が家のために頑張りなさい」





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